代表的な聖書:
四書五経・・・儒学(主に朱子学)の聖書。「聖人が書いた書物」という意味を持つ「聖書」の語源ともなっている、聖書中の聖書。
「論語」「大学」「中庸」「孟子」の四書、「易経」「詩経」「書経」「礼記」「春秋経(とその注釈書である左氏伝)」の五経を指す。
日本では儒学の聖書を指す固有名詞として広く用いられているが、本国中国では、朱子学上の経書分類である「四書五経」に
「孝経」「周礼」「儀礼」「春秋公羊伝」「春秋穀梁伝」「爾雅」を併せ、朱子が「礼記」から抜き出した「大学」と「中庸」を元に戻して
「十三経」という呼び方もなされる。これら全てに細密な注疏を加えた「十三経注疏」もあり、注釈書を含めた勉強の範囲は、
ほとんど一人の人間が一生のうちに学び尽くせないほどにも広範囲に渡っている。ちなみに人類史上最大のベストセラーでもある。
新旧約聖書・・・ユダヤ=キリスト両イスラエル教の聖書。権力犯罪加害を寓意的に正当化した旧約聖書と、権力犯罪被害を
イエスの磔刑で美化した新約聖書の二つがあり、ユダヤ教は旧約聖書のみを、キリスト教は新旧約聖書両方を信仰対象とする。
目的語抜きの「聖書」として、あたかも聖書の代表格のように扱われることがあるが、これは儒学用語である「聖書」の
剽窃であり、他にも「義」とか「(洗)礼」とかいった儒学用語の剽窃とその悪用が、日本語訳の聖書などには多々見られる。
同じ「義」や「礼」といった言葉を用いてはいても、その意味は四書五経とは全く異なっており、四書五経が権力道徳の堅持を
目的として「義」や「礼」といった言葉を用いるのに対し、新旧約聖書は権力犯罪の正当化や美化のために用いている。
他にもヒンズー教の「ヴェーダ」や「ウパニシャッド」、拝火教の「アヴェスター」などが代表的な聖書として挙げられる。
仏典も聖書でないとはいえないが、その分量が桁外れに膨大である上、仏教は文章信仰を否定する教義を持ち、あまり適切でない。
ここでは主に「聖書」の語源でもある四書五経について語り、不必要かつ有害無益な存在でありつつも、未だその災禍が収拾
しきらない新旧約聖書についても「反面教師」としては語るかもしれない。本当は、新旧約聖書は語らずにも済むのがなにより。
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