イエスの顔
▼ページ最下部
英BBC番組が復元したイエス・キリストの顔。
その結果表れた「イエスの顔」は、黒い巻き毛と浅黒い肌色の、
丸顔で丸い鼻をした中東の男性のものだった…。
イメージと現実。
上野の西郷さんと本物の西郷さんも全く似てないっていうし。
本気で信仰していれば顔なんて関係ないか?

その結果表れた「イエスの顔」は、黒い巻き毛と浅黒い肌色の、
丸顔で丸い鼻をした中東の男性のものだった…。
イメージと現実。
上野の西郷さんと本物の西郷さんも全く似てないっていうし。
本気で信仰していれば顔なんて関係ないか?

※省略されてます すべて表示...
>>23
イエス自身は選民思想(ただし若干柔軟性あり)を持ったいわゆるユダヤ教徒。異邦人、つまり
割礼を受けない者への差別発言がある(マタイ9-5等)。律法を守るという点でも、いわゆるユ
ダヤ教徒(マタイ5-17等、ただし柔軟な対応をすべきという思想が新約聖書の根底にある)。教
会という固定した施設を持たず、たった2年弱、自分の教えを伝道しただけなので、彼の最終的な
目的が何だったかは不明。またイエスの教えも新約聖書を見る限り、当時のユダヤ人にそれほど
受けなかった可能性が高い(マタイ11-16等、マルコ6-1等、マルコ8-12等、ヨハネ6-30等)。
キリスト教の一部の教義はペトロに代表される十一使徒らと、イエスの従兄弟であるヤコブら
が開いたエルサレムの教会が作った。例えば『主の再臨』。使徒宣言の『全能の父である神の
右の座に着き、生者と死者を裁くために来られます』などの思想はエルサレム教会が作ったと
思われる。ただしエルサレム教会の使徒らはユダヤ教の神殿に詣でる熱心なユダヤ教徒の域を
出ない。イエスの従兄弟のヤコブはあくまでキリスト教(という概念も彼らにあったか疑わし
いので、ここはエルサレム教会と仮に呼んでおく)はユダヤ人のためにあり、異邦人(割礼を
受けていない者)は排除されるべきと最後まで主張した。
しかし『ギリシア語を話すユダヤ人』(使徒言行録6-1)、例えばバルナバのような者、がエル
サレム教会に増えて行き、彼らが(おそらく)独立した別の教会を作った。こちらは、キプロ
スやギリシアからの帰国者で、考え方も柔軟だったので、モーセ冒涜発言(らしい)に端を発
した『ステファノ事件』を起こすに至った(使徒言行録6-8以降)。
これによりエルサレム教会以外の教会が大迫害に逢った(使徒言行録8-1以下に『使徒たちの他』
の記述があることから、既に複数の教会が存在したことがうかがわれる)。この迫害をきっかけ
に、イエス死後わずか2年で、逃亡信者によりローマ帝国各地に、キリスト教が伝わった。
イエス自身は選民思想(ただし若干柔軟性あり)を持ったいわゆるユダヤ教徒。異邦人、つまり
割礼を受けない者への差別発言がある(マタイ9-5等)。律法を守るという点でも、いわゆるユ
ダヤ教徒(マタイ5-17等、ただし柔軟な対応をすべきという思想が新約聖書の根底にある)。教
会という固定した施設を持たず、たった2年弱、自分の教えを伝道しただけなので、彼の最終的な
目的が何だったかは不明。またイエスの教えも新約聖書を見る限り、当時のユダヤ人にそれほど
受けなかった可能性が高い(マタイ11-16等、マルコ6-1等、マルコ8-12等、ヨハネ6-30等)。
キリスト教の一部の教義はペトロに代表される十一使徒らと、イエスの従兄弟であるヤコブら
が開いたエルサレムの教会が作った。例えば『主の再臨』。使徒宣言の『全能の父である神の
右の座に着き、生者と死者を裁くために来られます』などの思想はエルサレム教会が作ったと
思われる。ただしエルサレム教会の使徒らはユダヤ教の神殿に詣でる熱心なユダヤ教徒の域を
出ない。イエスの従兄弟のヤコブはあくまでキリスト教(という概念も彼らにあったか疑わし
いので、ここはエルサレム教会と仮に呼んでおく)はユダヤ人のためにあり、異邦人(割礼を
受けていない者)は排除されるべきと最後まで主張した。
しかし『ギリシア語を話すユダヤ人』(使徒言行録6-1)、例えばバルナバのような者、がエル
サレム教会に増えて行き、彼らが(おそらく)独立した別の教会を作った。こちらは、キプロ
スやギリシアからの帰国者で、考え方も柔軟だったので、モーセ冒涜発言(らしい)に端を発
した『ステファノ事件』を起こすに至った(使徒言行録6-8以降)。
これによりエルサレム教会以外の教会が大迫害に逢った(使徒言行録8-1以下に『使徒たちの他』
の記述があることから、既に複数の教会が存在したことがうかがわれる)。この迫害をきっかけ
に、イエス死後わずか2年で、逃亡信者によりローマ帝国各地に、キリスト教が伝わった。
あまり世間的には有名ではないが、ステファノは第二のイエスともいうべき結果をキリスト教
にもたらした。この大迫害の先頭に立ったサウロ(彼はローマ市民権を持つ特権階級でエルサ
レムでユダヤ教を学んだエリート)が突然キリスト教に改宗した(使徒言行録9-1以降)こと
により、復活、永遠の生命、また罪の赦しなどがキリスト教の教義として加わった(ローマ信
徒への手紙8-10等、テトスへの手紙2-14等)。使徒宣言の『聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、
聖徒の交わり、罪の許し、体の復活、永遠の命を信じます』はサウロの思想と思われる。サウ
ロとはパウロのことである。
パウロおよびバルナバの本拠地とするアンティオキア教会は、パウロの影響を受けてエルサレム
教会と違う教義をとっていた可能性が高い。アンティオキア教会の信徒が初めてキリスト者と呼
ばれている(使徒言行録11-26)ことからもそれがうかがえる。ここにユダヤ教に固執するエルサ
レム教会と新教義を標榜するアンティオキア教会の間で確執が発生した(使徒言行録15-1、21-17
等)。
ペトロは異邦人に伝道をし、エルサレム教会から糾弾されている(使徒言行録11-2)ところを見
るとややパウロよりの傾向がみられる点もあるが、むしろ日和見的な傾向が強い。
しかしパウロやペトロが伝道の目標をローマに置き(パウロはスペインまで赴こうとしていた)、
例え囚人としてでもローマに到達し得た時点で(使徒言行録28-14)、キリスト教の総本山はロー
マとなった。そしてパウロの思想がキリスト教の本流になったと思われる。
なぜなら西暦70年に起きたローマ軍のエルサレム攻撃により、エルサレム神殿の崩壊と共にヤコ
ブのエルサレム教会も衰退したと思われるからである。
にもたらした。この大迫害の先頭に立ったサウロ(彼はローマ市民権を持つ特権階級でエルサ
レムでユダヤ教を学んだエリート)が突然キリスト教に改宗した(使徒言行録9-1以降)こと
により、復活、永遠の生命、また罪の赦しなどがキリスト教の教義として加わった(ローマ信
徒への手紙8-10等、テトスへの手紙2-14等)。使徒宣言の『聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、
聖徒の交わり、罪の許し、体の復活、永遠の命を信じます』はサウロの思想と思われる。サウ
ロとはパウロのことである。
パウロおよびバルナバの本拠地とするアンティオキア教会は、パウロの影響を受けてエルサレム
教会と違う教義をとっていた可能性が高い。アンティオキア教会の信徒が初めてキリスト者と呼
ばれている(使徒言行録11-26)ことからもそれがうかがえる。ここにユダヤ教に固執するエルサ
レム教会と新教義を標榜するアンティオキア教会の間で確執が発生した(使徒言行録15-1、21-17
等)。
ペトロは異邦人に伝道をし、エルサレム教会から糾弾されている(使徒言行録11-2)ところを見
るとややパウロよりの傾向がみられる点もあるが、むしろ日和見的な傾向が強い。
しかしパウロやペトロが伝道の目標をローマに置き(パウロはスペインまで赴こうとしていた)、
例え囚人としてでもローマに到達し得た時点で(使徒言行録28-14)、キリスト教の総本山はロー
マとなった。そしてパウロの思想がキリスト教の本流になったと思われる。
なぜなら西暦70年に起きたローマ軍のエルサレム攻撃により、エルサレム神殿の崩壊と共にヤコ
ブのエルサレム教会も衰退したと思われるからである。
×:使徒宣言
○:使徒信条
○:使徒信条
私の主張が正しい、イヤ私の解釈が正しいとなった瞬間宗教は死ぬ
>>31
だーかーらー、カソリックじゃないんだってば。
カトリックなんだよカトリック。ギリシア語のカトリケーが語源なんだってばさあ。
それに偶像崇拝を教義的にどうこうよりも前にさあ、
一般信徒は奥のふか〜いらしい教義なんて知らなくても偶像なんて崇拝してないから。
偶像ってイコンのことかなあ。それとも教会にぶら下がってるキリストの像のことかなあ。
信徒はあれを最終的なターゲットにして祈ってるわけではないから。
あれを通して神に祈る。つまりイコンやキリスト像はライフルの照準器みたいなものかなあ。
それがあったほうが神に狙いを定めやすくなるみたいな。
キリスト教は弟子が作った・・・これは当然、新約聖書を書いたのは、キリスト教信徒だから、
または書簡とかも、全部パウロが書いたものとは言わないが(例えばバルナバとかアポロとか
もっと他の無名の信徒が書いたかも知れない)、いずれにしろ熱烈なキリスト教信徒が書いた
ものに違いないので、当時の彼らの信仰が新約聖書を書かせたと思うわけですよ。
するとその新約聖書の解釈を以て教義とする今のキリスト教は、イエスご自身の考えを反映し
ていない可能性が高いと言わざるをえない。イエスの教えを聞いて書き留めた『イエス言行録』
というメモが、新約聖書が書かれた当時に存在していたと私たちは教わっているわけですが、
その言行録の記者が、イエスの言葉を誤解して書いているかもしれない。
したがって紀元1世紀のキリスト教信仰者(たぶん大多数は生前のイエスを見ていない)の思い
が新約聖書を書かせキリスト教を作ったと言わざるを得ない。だから弟子(いわゆる使徒)が作っ
たというのも正確では無い。また当時のローマ帝国の気分という物も反映しているかもしれない。
たまたま新約聖書が書かれた時期は有名な暴君ネロの時代で、何か厭世的な気分があったかもし
れない。もちろん暴君ネロのイメージは伝説で、立派な君主だったと言う話もあるが。

の違う教団が複数あった。洗礼者ヨハネ教団とかクムラン教団と
か。その中でもひときわ小さなイエス教会だけが(それはちっぽ
けな修道院で、使徒とその妻子やイエスの従兄弟たちが集団で生
活して、ひたすらユダヤ教の神殿に詣でていた)がなぜ、21世紀
まで生き残ったのか。
これはステファノ事件という偶然(といっては彼に申し訳ないが)によりイエス信者がローマ帝
国の隅々まで飛び散ったからであり、その逃亡信徒が開いた教会が思いがけず信徒を獲得でき、
また彼らの教義を統一しようと努力したパウロ(とか他の書簡筆者)が今のキリスト教を作った
と言わざるをえない。というのも、現在、信仰されている教義と言うのも、ほとんど書簡で言い
表されているからです。
>>32
SARO&Desperado隔離スレでもちょっと書いたけど、信仰というのは神秘という次元に属す質問なの
です。
『1+1=2』とか『○○の定理』とか、例えば病気だったら○○の薬を飲ませれば治るとか、そういっ
た解決できる質問は『問題』という次元に属し、『私は何者か?』とか愛、自由、自然、存在、誕生、
生、死、信仰、など簡単に答えの出せない質問は『神秘』という次元に属すのです。哲学的に。
カトリックでは『信仰の神秘、主の死を思い、復活を讃えよう、主が来られるまで』とミサで唱える
わけですが、まさに、主の死、復活、主の再臨、その他いろいろな信仰的な教義というのは神秘という
次元に属すので、問題という次元に客体化するのは無理なのです。だからデカルトがどのように神を
証明しようとも、またどんな哲学者が神が存在しないことを証明しようとも、そのような客体化で信
仰がどうなるものでもありません。
だからキリスト教に限らず、あらゆる宗教が(それが人々から見捨てられない限り)生き残るのです。
例えばオウム真理教。あれは現在のアレフがどんな教義を持っているか知りませんが、もう浅原被告
自体がすっかり客体化されてしまっているので、まだ信者がいるということ自体、バカバカしいと言
わざるをえませんね。

紀元1世紀ごろ書かれた誰かの歴史書によると、イエス死後
2年も立たぬうちに、あの不思議な奇跡伝説(水の上を歩い
た、とか盲人を治したとか)が出来ていたと教わりました。
いくら当時の人間が迷信深いといっても、あんな荒唐無稽な
(と言っては神父様に怒られますが)伝説が、2年という短期に出来るとは思われ
ません。やはりこれもイエスが残した宿題…神秘なのだと思います。
それにイエスの死後2年という短期間に、ちっぽけなイエス教会(というか修道院)が、
ユダヤ教を第一に信仰し、ついでにイエスの教えをユダヤ教の会堂で説教しただけで、
色々な母国語を持つユダヤ人の信徒を多数獲得したというのも謎です。
使徒言行録によると、イエス死後たった2年でステファノ事件を起こすほどの信徒数が
当時いたというのも、ちょっと謎の部分ですね。使徒言行録を書いたルカがその間の
事情を詳しく語って無いのが残念ですが、パウロ書簡などからうかがい知られること
は、たぶんとても革命的な教えを、そのいわゆる帰国ユダヤ人がしていたんだと思い
ます。パウロが弾圧して捕えたそれらの帰国ユダヤ人の思想が、熱心にユダヤ教の
律法を学んだ当時のエリート階級パウロを虜にしたと思うのですが。
また、なぜイエスがキリストになったのかというのも謎です。
ペトロとかアンデレなどは最初、洗礼者ヨハネ教団の信徒だったらしいので、
洗礼者ヨハネがキリストになってもおかしくない。
もっといえば、彼らが有難がっていたであろう旧約聖書には、あまたの預言者が
名を連ねている。例えば日本人でも良く知っているモーセがキリストになっても
いいわけです。いや、当時のユダヤ教徒にすれば、最も偉大な預言者はモーセですから、
モーセがキリストになるべきです。
我等のイエスといえば、マリアの家を出てから死刑になるまでの期間は3年とカトリックでは
教えられています。しかしその半分はヨハネ教団に属し、伝道期間はわずか1年半。しかも
実質の伝道期間はわずか半年なわけです。残りの1年は『人々の目を避けるように』行動し
『人の子には枕するところも無い』状態であったわけです。
これはイエスの人生の恥部なわけですが、聖書にはっきり隠さず書かれているので、
事実なのでしょう。イエス逮捕の夜には、使徒たちもイエスを見捨てて逃げ去ったわけです。
なぜ、このような憐れな、人々に見捨てられた男が、キリストになったのでしょう。
さらに考えると、聖書を書いた人々が、なぜ彼らが尊敬していたであろうイエスを、このよ
うに惨めな男に書いたのか。また聖書を書いた人々はたぶんローマ市民だったらしく、
ローマ人知事のポンティオ・ピラトを、痛々しいほど善人そうに書いていますが、結局
イエス処刑の張本人に仕立て上げている。こんな書物をローマ帝国の首都で書いて、罰せられ
なかったのでしょうか。
またルカは明らかにペトロ(67年?)やパウロ(65年?)の刑死を知っていたはずですが
(なぜなら最も古い福音書を書いたマルコが70年に起きた神殿崩壊を知っていたから)、
なぜこれを書かなかったのでしょう。二人とも福音書や使徒言行録ではいわゆるヒーロー
ですから、イエスや洗礼者ヨハネやステファノのように栄光ある刑死として書くべきだと思
うのですが。これは聖書を読めば読むほど深まる謎です。
それにパウロの書いた(であろう)書簡の自信満々な語り口。福音書の解釈として書簡がある
とすれば、その落差はとても大きいと言わざるをえません。
ペトロとかアンデレなどは最初、洗礼者ヨハネ教団の信徒だったらしいので、
洗礼者ヨハネがキリストになってもおかしくない。
もっといえば、彼らが有難がっていたであろう旧約聖書には、あまたの預言者が
名を連ねている。例えば日本人でも良く知っているモーセがキリストになっても
いいわけです。いや、当時のユダヤ教徒にすれば、最も偉大な預言者はモーセですから、
モーセがキリストになるべきです。
我等のイエスといえば、マリアの家を出てから死刑になるまでの期間は3年とカトリックでは
教えられています。しかしその半分はヨハネ教団に属し、伝道期間はわずか1年半。しかも
実質の伝道期間はわずか半年なわけです。残りの1年は『人々の目を避けるように』行動し
『人の子には枕するところも無い』状態であったわけです。
これはイエスの人生の恥部なわけですが、聖書にはっきり隠さず書かれているので、
事実なのでしょう。イエス逮捕の夜には、使徒たちもイエスを見捨てて逃げ去ったわけです。
なぜ、このような憐れな、人々に見捨てられた男が、キリストになったのでしょう。
さらに考えると、聖書を書いた人々が、なぜ彼らが尊敬していたであろうイエスを、このよ
うに惨めな男に書いたのか。また聖書を書いた人々はたぶんローマ市民だったらしく、
ローマ人知事のポンティオ・ピラトを、痛々しいほど善人そうに書いていますが、結局
イエス処刑の張本人に仕立て上げている。こんな書物をローマ帝国の首都で書いて、罰せられ
なかったのでしょうか。
またルカは明らかにペトロ(67年?)やパウロ(65年?)の刑死を知っていたはずですが
(なぜなら最も古い福音書を書いたマルコが70年に起きた神殿崩壊を知っていたから)、
なぜこれを書かなかったのでしょう。二人とも福音書や使徒言行録ではいわゆるヒーロー
ですから、イエスや洗礼者ヨハネやステファノのように栄光ある刑死として書くべきだと思
うのですが。これは聖書を読めば読むほど深まる謎です。
それにパウロの書いた(であろう)書簡の自信満々な語り口。福音書の解釈として書簡がある
とすれば、その落差はとても大きいと言わざるをえません。
ブッダの死後弟子たちが自分の正当性を主張するため、独占欲を満たすため
遺骨の奪い合いを始めた
宗教などというものは
教祖が生きている間のみ正当性を確証できるのである
そして奇跡などというものを目撃した人間はただの一人も生きていない
キリスト教といえども死後、弟子達の分派、分裂のような見にくい人間欲に
まみれた宗教はもはや俗物としか言えないのである
全知全能の神が乗り物などを必要とするだろうか。。。
そんな戯言が記載されたものが信頼に足りる書物といえるだろうか
遺骨の奪い合いを始めた
宗教などというものは
教祖が生きている間のみ正当性を確証できるのである
そして奇跡などというものを目撃した人間はただの一人も生きていない
キリスト教といえども死後、弟子達の分派、分裂のような見にくい人間欲に
まみれた宗教はもはや俗物としか言えないのである
全知全能の神が乗り物などを必要とするだろうか。。。
そんな戯言が記載されたものが信頼に足りる書物といえるだろうか
>>37
キリスト教の場合、弟子たちの分裂というのは聖書を見る限り無いのです。
生前のイエスを知る使徒、対、イエスを知らない新参者、の構図があるわけです。
あくまでユダヤ教の範囲でイエスを捉えようとする使徒グループと、
イエスの教えを拡大解釈して暴走する新参者の教会。
前者はエルサレム教会であり後者の代表はアンティオキア教会。
その間で板挟みになり左右にぶれるぺトロ。
しかしローマ帝国各地に逃亡した信徒は後者の思想を持っていたので、
(だから大迫害の対象になったわけですが)、
いつの間にか後者の思想が主流になってしまった、と思うのです。
たとえば、原罪というキリスト教の思想。
これはパウロが自分の思想だと書簡ではっきり述べています。
律法を学べば学ぶほど私は罪深くなっていった。
律法に盗みは罪という文章があったので、私は盗みという罪を知ってしまった。
律法を知らなければ私は罪びとではなかった。
これは明らかな律法の否定です。
これではユダヤ教を大事にするエルサレム教会と対立するわけです。
キリスト教の場合、弟子たちの分裂というのは聖書を見る限り無いのです。
生前のイエスを知る使徒、対、イエスを知らない新参者、の構図があるわけです。
あくまでユダヤ教の範囲でイエスを捉えようとする使徒グループと、
イエスの教えを拡大解釈して暴走する新参者の教会。
前者はエルサレム教会であり後者の代表はアンティオキア教会。
その間で板挟みになり左右にぶれるぺトロ。
しかしローマ帝国各地に逃亡した信徒は後者の思想を持っていたので、
(だから大迫害の対象になったわけですが)、
いつの間にか後者の思想が主流になってしまった、と思うのです。
たとえば、原罪というキリスト教の思想。
これはパウロが自分の思想だと書簡ではっきり述べています。
律法を学べば学ぶほど私は罪深くなっていった。
律法に盗みは罪という文章があったので、私は盗みという罪を知ってしまった。
律法を知らなければ私は罪びとではなかった。
これは明らかな律法の否定です。
これではユダヤ教を大事にするエルサレム教会と対立するわけです。
また律法から完全に自由になった、それはイエスの死によって人々の罪があがなわれたからである
…という思想も完全にパウロのものです。
パウロはユダヤ教の律法に対して完全無視の姿勢を見せていて、例えば、
コロサイ信徒への手紙では新月や安息日に捕らわれてはいけないと、
エルサレム教会から直接教えに来たであろう弟子を、暗に非難しているようでもあります。
ガラテヤ信徒への手紙でもパウロは律法無視を表明しています。
彼の自信あふれる口調は、彼がエルサレムで本格的に律法を勉強したインテリだから
成せるわざなのでしょう。
律法を学べば学ぶほど矛盾が出てくる、だから彼は自信を持って律法を否定します。
また、キリストを信仰することによって苦しみから解放されるという思想もそうです。
彼は牢獄に繋がれれば繋がれるほどそれを誇り、むち打たれれば打たれるほどそれを誇り、
あたかもマゾヒストのように自分の苦難を自慢します。
その苦難によってキリストと結ばれると。
彼にとって人間として生きていたイエスには全く興味がなく、
死んだ(そして復活した)という事実だけが重要でもあるようです。
彼のこのような考えはエルサレム教会では到底容認できるものではなかったのですが、
パウロはこの頃エルサレムで起きたらしい飢饉に、アンティオキア教会からエルサレム教会に
救援物資を送るという形で口封じ策に出ています。
…という思想も完全にパウロのものです。
パウロはユダヤ教の律法に対して完全無視の姿勢を見せていて、例えば、
コロサイ信徒への手紙では新月や安息日に捕らわれてはいけないと、
エルサレム教会から直接教えに来たであろう弟子を、暗に非難しているようでもあります。
ガラテヤ信徒への手紙でもパウロは律法無視を表明しています。
彼の自信あふれる口調は、彼がエルサレムで本格的に律法を勉強したインテリだから
成せるわざなのでしょう。
律法を学べば学ぶほど矛盾が出てくる、だから彼は自信を持って律法を否定します。
また、キリストを信仰することによって苦しみから解放されるという思想もそうです。
彼は牢獄に繋がれれば繋がれるほどそれを誇り、むち打たれれば打たれるほどそれを誇り、
あたかもマゾヒストのように自分の苦難を自慢します。
その苦難によってキリストと結ばれると。
彼にとって人間として生きていたイエスには全く興味がなく、
死んだ(そして復活した)という事実だけが重要でもあるようです。
彼のこのような考えはエルサレム教会では到底容認できるものではなかったのですが、
パウロはこの頃エルサレムで起きたらしい飢饉に、アンティオキア教会からエルサレム教会に
救援物資を送るという形で口封じ策に出ています。
>>40
ルドルフ・カール・プルトマンでさえもさすがに聖書は真実という信用には『全く当たらない』
とまでは言ってませんが、神話的(伝承的)部分を取り除くと、やはり初期キリスト教徒が
生活の座で述べた信仰告白が新約聖書の根幹となっているのは事実と思われます。さらに福音
書の趣旨はやはりケリュグマであると思います。教会にとって都合の悪いことは闇に葬られた
であろうことは間違いありません。したがって福音書を通じて真の(実在した人間としての)
イエスに迫るのは難しいと言わざるを得ません。
使徒言行録でも、アレクサンドリアからきたアポロというキリスト者が、パウロの教えを更に
上回った立派な事を言って人々を驚かせたというような逸話がありますが、たぶんアポロとい
うのはパウロとは違った教義(たぶんグノーシス主義?)を持っていたのでしょう。
現在に至るキリスト教(それはパウロの思想に他なりません)が確立されるために、様々な
教義が異端として退けられたであろうことは、既に紀元1世紀に書かれたアポロの逸話からも
うかがい知ることが出来ます。それは紀元2世紀に書かれた(らしい)トマスの福音書が20世
紀に再発見されるまで、完全に世間から抹殺されていたことからもわかります。
生活の座における信仰告白というのは、フェニキア女の信仰の逸話(マルコ7-24)が、初期の
教会の混乱をよく表していると思います。
シリアのフェニキアの女が、娘から悪霊を追い出して欲しいと頼むと、イエスの答えは、
『まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取り上げて小犬にやっ
てはいけない』。これに対して女は『主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいた
だいてしまいます』。
これは子供たち=ユダヤ人、小犬=異邦人と解釈するわけですが、するとこれは明らかに異邦人
キリスト信者が、ユダヤ人を上位と位置付ける初期の教会から差別されていたことに対する、不
満を表明したものに他ならないということになります。マルコはどういった意図で異邦人の不満
をイエスの言葉として語ったのか。それはマルコの福音書を書いたマルコが、パウロの伝道旅行
に従ったマルコその人であるという証明のような気がします。
ルドルフ・カール・プルトマンでさえもさすがに聖書は真実という信用には『全く当たらない』
とまでは言ってませんが、神話的(伝承的)部分を取り除くと、やはり初期キリスト教徒が
生活の座で述べた信仰告白が新約聖書の根幹となっているのは事実と思われます。さらに福音
書の趣旨はやはりケリュグマであると思います。教会にとって都合の悪いことは闇に葬られた
であろうことは間違いありません。したがって福音書を通じて真の(実在した人間としての)
イエスに迫るのは難しいと言わざるを得ません。
使徒言行録でも、アレクサンドリアからきたアポロというキリスト者が、パウロの教えを更に
上回った立派な事を言って人々を驚かせたというような逸話がありますが、たぶんアポロとい
うのはパウロとは違った教義(たぶんグノーシス主義?)を持っていたのでしょう。
現在に至るキリスト教(それはパウロの思想に他なりません)が確立されるために、様々な
教義が異端として退けられたであろうことは、既に紀元1世紀に書かれたアポロの逸話からも
うかがい知ることが出来ます。それは紀元2世紀に書かれた(らしい)トマスの福音書が20世
紀に再発見されるまで、完全に世間から抹殺されていたことからもわかります。
生活の座における信仰告白というのは、フェニキア女の信仰の逸話(マルコ7-24)が、初期の
教会の混乱をよく表していると思います。
シリアのフェニキアの女が、娘から悪霊を追い出して欲しいと頼むと、イエスの答えは、
『まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取り上げて小犬にやっ
てはいけない』。これに対して女は『主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいた
だいてしまいます』。
これは子供たち=ユダヤ人、小犬=異邦人と解釈するわけですが、するとこれは明らかに異邦人
キリスト信者が、ユダヤ人を上位と位置付ける初期の教会から差別されていたことに対する、不
満を表明したものに他ならないということになります。マルコはどういった意図で異邦人の不満
をイエスの言葉として語ったのか。それはマルコの福音書を書いたマルコが、パウロの伝道旅行
に従ったマルコその人であるという証明のような気がします。
私は>>41で不用意に『神話的』という言葉を使いましたが、共観福音書の中から、伝承的な
部分や初期のキリスト者の信仰告白を取り除くと、イエスの説教というのは『神の国』の到来
という点に集約されます。神は人間の望むところに関係なく、いきなり歴史と世界を終わらせ、
新しい世界をお造りになる。その時には、人の子が天の雲に乗って来る。そのための隣人愛で
あり、天に宝を積むということなのです。復活とか主の再臨という思想です。これが最も初期
のキリスト教会が教義としたいう説。これは多くの神学者が実在したイエスの教えと認める点
です。イエスはいわゆる預言者ではなく、この(ヤダヤ的な)終末論の教えを説いて回った人
です。この考えもイエス独特のものではなく、当時のユダヤ人の思考の根底にあったものです。
イエスが教えた祈り(これは間違いなくイエスの教えた祈りらしいですが)、
天におられる私たちの父よ、み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
これは、まさに『み国』の待望を表明するものです。すなわちイエスは、間近に(ほんの近未来
に)世界の終末が訪れるものと期待しました。その時は大変ドラマティックなもので、死人は蘇
り、審判の日が到来します。その時、正しき者には永遠の祝福が、滅びに定められた者には地獄
が与えられる…というのが初期キリスト教の教義です。その最後の審判というのはとても輝かし
い物で、多くの祝福や喜びがある…ただしイエス自身は輝かしい最後の審判は語っていません。
それは旧約の黙示録やヨハネの黙示録の示すユダヤ的な思想です。この教義は、共観福音書に良
く現れています。例えばマルコ福音書はイエスの言葉としてこの信仰告白を語ります(マルコ9-1)。
部分や初期のキリスト者の信仰告白を取り除くと、イエスの説教というのは『神の国』の到来
という点に集約されます。神は人間の望むところに関係なく、いきなり歴史と世界を終わらせ、
新しい世界をお造りになる。その時には、人の子が天の雲に乗って来る。そのための隣人愛で
あり、天に宝を積むということなのです。復活とか主の再臨という思想です。これが最も初期
のキリスト教会が教義としたいう説。これは多くの神学者が実在したイエスの教えと認める点
です。イエスはいわゆる預言者ではなく、この(ヤダヤ的な)終末論の教えを説いて回った人
です。この考えもイエス独特のものではなく、当時のユダヤ人の思考の根底にあったものです。
イエスが教えた祈り(これは間違いなくイエスの教えた祈りらしいですが)、
天におられる私たちの父よ、み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
これは、まさに『み国』の待望を表明するものです。すなわちイエスは、間近に(ほんの近未来
に)世界の終末が訪れるものと期待しました。その時は大変ドラマティックなもので、死人は蘇
り、審判の日が到来します。その時、正しき者には永遠の祝福が、滅びに定められた者には地獄
が与えられる…というのが初期キリスト教の教義です。その最後の審判というのはとても輝かし
い物で、多くの祝福や喜びがある…ただしイエス自身は輝かしい最後の審判は語っていません。
それは旧約の黙示録やヨハネの黙示録の示すユダヤ的な思想です。この教義は、共観福音書に良
く現れています。例えばマルコ福音書はイエスの言葉としてこの信仰告白を語ります(マルコ9-1)。
『はっきり言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、神の国が力にあふれて現れるのを見る
までは、決して死なない者がいる』。これはすなわち、まだ今現在、生きている人がいる内に、
その世界の終末が訪れるという思想です。イエスの教えというのはあくまで神話的であり、初期
のキリスト教会の作業もイエスの神話化です。すなわち聖霊が下って、乙女マリアからイエスが
誕生し、それはベツレヘムだった等。
しかし私たちは21世紀の現在まで、世界の終末を見ていません。ですからイエスの教え自体が
神話的であり、初期の教会の教義も…つまり神話論と分かってしまっています。これは19世紀
の神学者ヨハンネ・バイスの説で、私の説ではありません。さらにイエスの神話論を修正化す
る作業、これを『非神話化』というのですが、この作業も(やや不完全ですが)パウロ、ヨハネ
の福音書などによって、早くも新約聖書において行われています。
それを>>23 のSARO氏のように神学を専攻したと豪語する者が、
>後の弟子は教会制度を整えて、基督教を発展させただけで、
>基督教を作ったのは、イエスだよ。
と言うのですから嘲笑モノです。まあ某三流大学なのでどんなヨタ神学を学んだのか不明ですが。
パウロは再臨・死人の復活・最後の審判を期待していたという点では神話的なのですが、ちょっと
考えを非神話化の方に押し進めます。例えば『神はおん子を…お遣わしになった』(ガラテヤ4-4)
ことにより、キリストの復活に与った者、すなわちキリストにあるがゆえに義とされた者、それは
信徒であり、終末論的共同体としての教会において、キリストは死を打ち破り生命と不死とを明
るみに出した(ローマ5・12-14等)。すなわち世界の終末のような旧来のユダヤ人が熱望したもの
は福音を述べ伝える時に成就するとしました。見よ、今は恵みの時、見よ、今は救いの時である
(Ⅱコリント6-2)。キリスト者には祝福の賜物として、期待される聖霊は既に与えられている。
ケリュグマによってもう、輝かしいその時は与えられているのです。
非神話化をあらわにしたヨハネ福音書については後で考察しましょう。
までは、決して死なない者がいる』。これはすなわち、まだ今現在、生きている人がいる内に、
その世界の終末が訪れるという思想です。イエスの教えというのはあくまで神話的であり、初期
のキリスト教会の作業もイエスの神話化です。すなわち聖霊が下って、乙女マリアからイエスが
誕生し、それはベツレヘムだった等。
しかし私たちは21世紀の現在まで、世界の終末を見ていません。ですからイエスの教え自体が
神話的であり、初期の教会の教義も…つまり神話論と分かってしまっています。これは19世紀
の神学者ヨハンネ・バイスの説で、私の説ではありません。さらにイエスの神話論を修正化す
る作業、これを『非神話化』というのですが、この作業も(やや不完全ですが)パウロ、ヨハネ
の福音書などによって、早くも新約聖書において行われています。
それを>>23 のSARO氏のように神学を専攻したと豪語する者が、
>後の弟子は教会制度を整えて、基督教を発展させただけで、
>基督教を作ったのは、イエスだよ。
と言うのですから嘲笑モノです。まあ某三流大学なのでどんなヨタ神学を学んだのか不明ですが。
パウロは再臨・死人の復活・最後の審判を期待していたという点では神話的なのですが、ちょっと
考えを非神話化の方に押し進めます。例えば『神はおん子を…お遣わしになった』(ガラテヤ4-4)
ことにより、キリストの復活に与った者、すなわちキリストにあるがゆえに義とされた者、それは
信徒であり、終末論的共同体としての教会において、キリストは死を打ち破り生命と不死とを明
るみに出した(ローマ5・12-14等)。すなわち世界の終末のような旧来のユダヤ人が熱望したもの
は福音を述べ伝える時に成就するとしました。見よ、今は恵みの時、見よ、今は救いの時である
(Ⅱコリント6-2)。キリスト者には祝福の賜物として、期待される聖霊は既に与えられている。
ケリュグマによってもう、輝かしいその時は与えられているのです。
非神話化をあらわにしたヨハネ福音書については後で考察しましょう。
神の国の到来というのがイエスの教えであり初期教会の教義であることは、共観福音書に共通の
次のお言葉で明らかです『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』。イエ
スは終末論者なのです。
しかしパウロ書簡の後に書かれたヨハネ福音書の著者ヨハネは、終末論の徹底的な非神話化を行
って見せました。ヨハネによれば、イエスが去来し死んだことが、終末論的な出来事なのです。
『御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。光が世に来たのに、人々はそ
の行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ』(ヨハネ3-18)。
『御子を信じる人は永遠の命を得ているが、御子に従わない者は、命にあずかれないばかりか
神の怒りがその上にとどまる』(ヨハネ3-36)。
『私は復活であり命である。私を信じる者は死んでも生きる。生きていて私を信じる者は誰でも
決して死ぬことは無い』(ヨハネ11-25)。
『今こそ、この世が裁かれる時。今、この世の支配者が追放される』(ヨハネ12-31)。
ヨハネ福音書が他の共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ)と趣が違うのは、前者が後者の神話論
の非神話化を行っているからです。だとしても、決して共観福音書が駄目と言っているのではあ
りません。私たちは聖書のどのページを開いても、二千年の時空を超えて、その福音書を書いて
いる彼らの背後に立って、彼らの肩越しに、その書きかけの原稿を蝋燭の灯りの下に覗きこむこ
とが出来ます。
次のお言葉で明らかです『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい』。イエ
スは終末論者なのです。
しかしパウロ書簡の後に書かれたヨハネ福音書の著者ヨハネは、終末論の徹底的な非神話化を行
って見せました。ヨハネによれば、イエスが去来し死んだことが、終末論的な出来事なのです。
『御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。光が世に来たのに、人々はそ
の行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ』(ヨハネ3-18)。
『御子を信じる人は永遠の命を得ているが、御子に従わない者は、命にあずかれないばかりか
神の怒りがその上にとどまる』(ヨハネ3-36)。
『私は復活であり命である。私を信じる者は死んでも生きる。生きていて私を信じる者は誰でも
決して死ぬことは無い』(ヨハネ11-25)。
『今こそ、この世が裁かれる時。今、この世の支配者が追放される』(ヨハネ12-31)。
ヨハネ福音書が他の共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ)と趣が違うのは、前者が後者の神話論
の非神話化を行っているからです。だとしても、決して共観福音書が駄目と言っているのではあ
りません。私たちは聖書のどのページを開いても、二千年の時空を超えて、その福音書を書いて
いる彼らの背後に立って、彼らの肩越しに、その書きかけの原稿を蝋燭の灯りの下に覗きこむこ
とが出来ます。
このようにルドルフ・カール・プルトマンは、既に福音書の中に非神話化の芽を見ることが出来
るので、聖書をその時代に即して非神話化する作業は聖書を否定することにはならず、むしろ肯
定的な作業とします。
一方で、カトリック教会では、今でも、聖書の教えは、またイエス・キリストの教えは(哲学的
な意味の)神秘として、あるがままに信じなさいと教えます。それは(哲学的な意味の)問題と
いう次元には客体化できないからです。
しかし結局のところ、プルトマンの作業も教会の教えも行きつく所は同じです。プルトマンによ
れば、信仰とは、神の言葉としての聖書との出会いに他ならない。すなわち信仰とは、単に聞く
ことに過ぎない。聖書を神の言葉として聞くということは、私に語りかけられる言葉として、宣
教(ケリュグマ)として、宣言(プロクラメーション)として聞くことです。
ここまでグダグダとプルトマンの言葉を借りて私の信仰告白をしましたが、もっと土俗的に私が
カトリックであって良かったと思うことは、神が(私の外側からであれ内なる霊の働きによって
であれ)人生のターニングポイントに必ず現れ、私の肩を押してくれるということです。もちろ
んそれが良い方に行けば神に感謝しますが、往々にして悪い方に行くときもあります。しかしこ
れも有限なる私の人生に何か意味があるものと理解し了解できるところです。
神の行いというのは絶対に目で見ることは出来ません。現代人は科学的な観察者として、世界的
な出来事が因果関係によって成されることを理解します。そこには神の介入する余地は無いよう
に見えます。しかし『にもかかわらず』という信仰によって、自然的、歴史的に説明できない事
象を神の行為として理解し了解することが出来ます。例えば、私が受けている苦しみ『にもかか
わらず』希望に喜びに到達し得る神秘…それが信仰であると思えます。
るので、聖書をその時代に即して非神話化する作業は聖書を否定することにはならず、むしろ肯
定的な作業とします。
一方で、カトリック教会では、今でも、聖書の教えは、またイエス・キリストの教えは(哲学的
な意味の)神秘として、あるがままに信じなさいと教えます。それは(哲学的な意味の)問題と
いう次元には客体化できないからです。
しかし結局のところ、プルトマンの作業も教会の教えも行きつく所は同じです。プルトマンによ
れば、信仰とは、神の言葉としての聖書との出会いに他ならない。すなわち信仰とは、単に聞く
ことに過ぎない。聖書を神の言葉として聞くということは、私に語りかけられる言葉として、宣
教(ケリュグマ)として、宣言(プロクラメーション)として聞くことです。
ここまでグダグダとプルトマンの言葉を借りて私の信仰告白をしましたが、もっと土俗的に私が
カトリックであって良かったと思うことは、神が(私の外側からであれ内なる霊の働きによって
であれ)人生のターニングポイントに必ず現れ、私の肩を押してくれるということです。もちろ
んそれが良い方に行けば神に感謝しますが、往々にして悪い方に行くときもあります。しかしこ
れも有限なる私の人生に何か意味があるものと理解し了解できるところです。
神の行いというのは絶対に目で見ることは出来ません。現代人は科学的な観察者として、世界的
な出来事が因果関係によって成されることを理解します。そこには神の介入する余地は無いよう
に見えます。しかし『にもかかわらず』という信仰によって、自然的、歴史的に説明できない事
象を神の行為として理解し了解することが出来ます。例えば、私が受けている苦しみ『にもかか
わらず』希望に喜びに到達し得る神秘…それが信仰であると思えます。

を作ったのはパウロと、パウロの教えを受け入れた逃亡信徒たち
の教会の人々です。それは例えば当時のシリア人でありトルコ人
でありギリシア人でありローマ人です。
彼らはエルサレム教会から律法(トーラ)を携えてやってくる宣教師を、
偽教師(偽ラビ)と非難しました。
そういった紀元1世紀終盤期のキリスト教の雰囲気をきわだたせているのが、ヨハネの福音書
です。イエスの残した終末論という負の遺産を引き継いだ初期教会を、近代的な教会に脱皮さ
せた者、それがパウロであると断言できます。ペトロの果たした役割も少なくないことは確か
です。それは福音書の全てにペトロが弟子の代表として扱われていることからもわかります。
しかしイエスをキリストに仕立て上げる神学を作ったのはパウロと言わざるを得ません。キリ
スト教がパウロ教と呼ばれる所以です。
長文過ぎて全部を読んですらいないけど、
カソリックと言ってるのは、俺の宗教学的立場からであって、
別に教会としての公式見解などと言ってるわけでもないし、
定義について云々するつもりもない。
宗教学的に「カトリックと表記すべき」という定説もない。
また、俺の専攻は神学でなくて宗教学。単純に事実誤認だ。
あんまり大学名に固執されても困るけど(笑)
カソリックと言ってるのは、俺の宗教学的立場からであって、
別に教会としての公式見解などと言ってるわけでもないし、
定義について云々するつもりもない。
宗教学的に「カトリックと表記すべき」という定説もない。
また、俺の専攻は神学でなくて宗教学。単純に事実誤認だ。
あんまり大学名に固執されても困るけど(笑)
つまりでしが作ったというのは正解だろ
>>49
カトリックの語源はギリシア語のカトリケーが由来で『普遍的』という意味であると、カトリック教会では
まず初めに『誇りを以て』教える。それを知らなくてカソリックと呼んでいるならいざ知らず、何度訂正を
求めてもカソリックと言い張るのはカトリックへの冒涜、あるいは挑戦と受け取らざるを得ない。
カトリックと表記すべきはカトリック中央協議会の見解であり、意味不明の宗教学で論ぜられるもの
ではない。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn...
>宗教学的に「カトリックと表記すべき」という定説もない。
という根拠は何か? それは如何なる宗教学なのか、エビデンスを提示せよ。
>>51
弟子が作ったとも言えるし歴史が作ったとも言える。
あらゆる時代の聖人が進化させて来たし、今も変わり続けている。
おそらく将来も進化し続けるだろう、キリスト教徒が絶えない限り。
カトリックの語源はギリシア語のカトリケーが由来で『普遍的』という意味であると、カトリック教会では
まず初めに『誇りを以て』教える。それを知らなくてカソリックと呼んでいるならいざ知らず、何度訂正を
求めてもカソリックと言い張るのはカトリックへの冒涜、あるいは挑戦と受け取らざるを得ない。
カトリックと表記すべきはカトリック中央協議会の見解であり、意味不明の宗教学で論ぜられるもの
ではない。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn...
>宗教学的に「カトリックと表記すべき」という定説もない。
という根拠は何か? それは如何なる宗教学なのか、エビデンスを提示せよ。
>>51
弟子が作ったとも言えるし歴史が作ったとも言える。
あらゆる時代の聖人が進化させて来たし、今も変わり続けている。
おそらく将来も進化し続けるだろう、キリスト教徒が絶えない限り。
削除
今週のカトリック教会は行事の多い週でした。
秋は収穫の時ですからね。労働の恵み、命の糧。
9月10日は日本205福者殉教者の記念日。
http://www.sanpaolo.or.jp/column/kaze/back/pg471.htm...
今日9月13日は、聖ヨハネ・クリゾストモ司教教会博士の記念日。
http://www.sanpaolo.or.jp/column/kaze/back/0609.htm...
明日土曜日9月14日は、十字架称賛の祝日。
http://www.sanpaolo.or.jp/column/kaze/back/0209.htm...
そして日曜日はいつもの主日。
カトリック教徒は忙しいです。
秋は収穫の時ですからね。労働の恵み、命の糧。
9月10日は日本205福者殉教者の記念日。
http://www.sanpaolo.or.jp/column/kaze/back/pg471.htm...
今日9月13日は、聖ヨハネ・クリゾストモ司教教会博士の記念日。
http://www.sanpaolo.or.jp/column/kaze/back/0609.htm...
明日土曜日9月14日は、十字架称賛の祝日。
http://www.sanpaolo.or.jp/column/kaze/back/0209.htm...
そして日曜日はいつもの主日。
カトリック教徒は忙しいです。
私は、主キリスト・イエスの平和にあって、主の愛、主の恩寵のうちに生きることを感謝しま
す。私は主キリスト・イエスのうちにあって生きているのですから、私の背負う十字架はとても
軽いのです。
むしろ私の背負う十字架は私に心の平安を与えてくれるばかりか、喜びさえ与えてくださいます。
それは私の負の部分、苦しみの部分を、私に代わって主キリスト・イエスが全て背負ってくださる
からに他なりません。
私が頼みもしないのに、いつの間にか主が背負ってくださるのですから、このことを肝に銘じて
感謝するのは、人間として当然の義務だと思います。
カトリック信徒でない方々は、独力で十字架を背負っているのですか?
それとも、ご自分が十字架を背負っていることに気づかないのですか?
しかしそんなあなたがたでも、主キリスト・イエスを信仰することによって、あなたがたの背負う
十字架がいかに重たかったか気づくはずだと、私は確信します。
私は学校で電子工学を学び、ずっと今まで研究開発に生きて来ました。そこで得た物は、例えば
あるプロジェクトが完成されるためには、様々なプロシージャーがあり、また完成に至る様々な
メソッドがあるということです。それは霧の中で、あるいは暗闇の中で、見失いがちになる道を
必死に探す旅人に似ています。しかし旅人は自らの信じる道を(誤らなければ)目的地に到達で
きるでしょう。
信仰というのはそういうものだと思います。信仰とは道を誤らないための信念だと思われるのです。
逆にいうと、信仰を持たない者は、いつ道を誤るか、遭難するか危うい状態だと言えるでしょう。
す。私は主キリスト・イエスのうちにあって生きているのですから、私の背負う十字架はとても
軽いのです。
むしろ私の背負う十字架は私に心の平安を与えてくれるばかりか、喜びさえ与えてくださいます。
それは私の負の部分、苦しみの部分を、私に代わって主キリスト・イエスが全て背負ってくださる
からに他なりません。
私が頼みもしないのに、いつの間にか主が背負ってくださるのですから、このことを肝に銘じて
感謝するのは、人間として当然の義務だと思います。
カトリック信徒でない方々は、独力で十字架を背負っているのですか?
それとも、ご自分が十字架を背負っていることに気づかないのですか?
しかしそんなあなたがたでも、主キリスト・イエスを信仰することによって、あなたがたの背負う
十字架がいかに重たかったか気づくはずだと、私は確信します。
私は学校で電子工学を学び、ずっと今まで研究開発に生きて来ました。そこで得た物は、例えば
あるプロジェクトが完成されるためには、様々なプロシージャーがあり、また完成に至る様々な
メソッドがあるということです。それは霧の中で、あるいは暗闇の中で、見失いがちになる道を
必死に探す旅人に似ています。しかし旅人は自らの信じる道を(誤らなければ)目的地に到達で
きるでしょう。
信仰というのはそういうものだと思います。信仰とは道を誤らないための信念だと思われるのです。
逆にいうと、信仰を持たない者は、いつ道を誤るか、遭難するか危うい状態だと言えるでしょう。
カトリックというのはギリシア語のカトリケー(普遍)に由来するもので、要するに普遍的という
ことです。これは登山に例えると、富士山に登るためには、複数の登山道があるわけですが、結局、
最終的には富士山の頂上という一点に到達できるということです。つまり全ての道は頂上という
目的、すなわち神に到達する…文字どおり『あらゆることにあてはまるさま』…それがカトリック
を信仰する者の喜びということです。
私は理工科系人間で決して迷信深いとは思わないのですが、いつも主キリスト・イエスが私の隣
に寄り添ってくれ、私を正しい道(それは世俗的には成功というものかも知れませんが)へとお
導きになってくれていることを強く感じざるを得ません。
私にとって生きるとは信仰の神秘なくしてあり得ません。
ことです。これは登山に例えると、富士山に登るためには、複数の登山道があるわけですが、結局、
最終的には富士山の頂上という一点に到達できるということです。つまり全ての道は頂上という
目的、すなわち神に到達する…文字どおり『あらゆることにあてはまるさま』…それがカトリック
を信仰する者の喜びということです。
私は理工科系人間で決して迷信深いとは思わないのですが、いつも主キリスト・イエスが私の隣
に寄り添ってくれ、私を正しい道(それは世俗的には成功というものかも知れませんが)へとお
導きになってくれていることを強く感じざるを得ません。
私にとって生きるとは信仰の神秘なくしてあり得ません。
今日(9月14日)の十字架称賛の祝日にあたり、そんな感慨を新たにしました。

9月16日(月) 聖コルネリオ教皇 聖チプリアノ司教殉教者の記念日。
http://www.sanpaolo.or.jp/column/kaze/back/0509.htm...
9月20日(金) 聖アンデレ金と同士殉教者。これはキムさんですからキムチで祝いますか。
http://blog.goo.ne.jp/andrew-john/e/fda2dbff9f0ab01f...
9月21日(土) 聖マタイ使徒福音書記者の祝日。
これは十二使徒の一人、元徴税人の頭マタイがマタイの福音書を書いたとする
ものですが、まあ時代からしてちょっと無理でしょう。マタイの名を借りた、
あるいは別人のマタイが書いた物だと思います。
http://www.pauline.or.jp/chripedia/mame_matthaios.ph...
以前キリスト教の偶像崇拝について何か発言がありましたが >>30 、
偶像崇拝を禁止するも何も、仏教でも神道でも、偶像はありこそすれ、
それを拝んでも願いが叶うとは、大の大人は考えないでしょう?
まあ、気休めではないですか?
イベントとして大学合格祈願の絵馬を奉納するとか…。
キリスト教的には、
・淫らなことや穢れたことをすること。
・卑猥な言葉や愚かな話や下品な冗談を言うこと。
・淫らな者、穢れた者、貪欲な者…すなわち執着を捨てられない者。
これらに代表される人間の汚い側面に生きる者が偶像崇拝者の定義です。
すなわち偶像とは、下衆な、あるいは穢れた思い・言葉・行い、すなわち貪欲な執着なのです。
例えば、拝金主義者とか、半沢直樹の敵役たち(笑)は偶像崇拝者ですね。
下衆な人々は自分の下衆さが分かりませんが、往々にして第三者からは見えますよね。
だから偶像なのです。別に絵画を拝もうが彫刻を拝もうが他人に迷惑がかかるものではありませ
んが、執着を捨てられず自暴自棄に生きる者は迷惑ですよね。だから偶像崇拝禁止なのです。
神よ、あなたに立ち返る恵みを与えてください。
私たちの思いがいつも神に向かい、神の喜びとなるよう導いてください。
救いのみわざの完成に奉仕することができますように。
ギリシア語のカトリケーに由来する言葉としてカトリシズムというのがある。
読んで字のごとく、カトリック的思想とかキリスト思想と言っても良い言葉だ。
それは置いて置いて・・・
だいたい納得がいかないのは、某氏が依って立つ処の東洋大学の宗教学という学悶だ。
宗教や信仰と言うのは、例えばカトリックを例に挙げると(いくら教会が要理を説いても)
百人の信者がいたら百通りの信仰があると思わざるを得ない。例えば私なんかは、初期の
教会が排斥した異端の書を読んで、それを逆説的に解釈し、自己の信仰を確認するような
作業をするし、他の人は文字通り司祭の教えをあるがままに受け入れるかも知れない。
ある人は不幸からの脱出を神に願うのであり、幸せな人は神に感謝する。
そんな信仰と言うのは、客体化できないから、学問として成り立つはずが無い。これが
例えば、宗教的観点から見た社会学。宗教的価値観から書かれた文学。宗教が経済課活動に
与える影響を研究する経済学などであれば、この客体化が可能なものであり、そのような
研究は大いに人類を進化させるであろう、
それを宗教学と漠然と提示し、卒業したらキリストも知りませんとは、何としたことか。
たぶん宗教にまつわりつく哲学者の言葉をこねくり回したのであろうが、そこから受けた
ものは何だろう。いったいそれが人の役に(あるいは己の知識研鑽に)立つのだろうか。
あるいは己の口を糊するに足る学問だったのだろうか。西洋の宗教も知りませんでは、東
洋の思想も知りません…ってことなんだろう。この東西宗教を結ぶものとして、その昔、
ある宗教が起こって滅亡したのも知らぬのであろう。
読んで字のごとく、カトリック的思想とかキリスト思想と言っても良い言葉だ。
それは置いて置いて・・・
だいたい納得がいかないのは、某氏が依って立つ処の東洋大学の宗教学という学悶だ。
宗教や信仰と言うのは、例えばカトリックを例に挙げると(いくら教会が要理を説いても)
百人の信者がいたら百通りの信仰があると思わざるを得ない。例えば私なんかは、初期の
教会が排斥した異端の書を読んで、それを逆説的に解釈し、自己の信仰を確認するような
作業をするし、他の人は文字通り司祭の教えをあるがままに受け入れるかも知れない。
ある人は不幸からの脱出を神に願うのであり、幸せな人は神に感謝する。
そんな信仰と言うのは、客体化できないから、学問として成り立つはずが無い。これが
例えば、宗教的観点から見た社会学。宗教的価値観から書かれた文学。宗教が経済課活動に
与える影響を研究する経済学などであれば、この客体化が可能なものであり、そのような
研究は大いに人類を進化させるであろう、
それを宗教学と漠然と提示し、卒業したらキリストも知りませんとは、何としたことか。
たぶん宗教にまつわりつく哲学者の言葉をこねくり回したのであろうが、そこから受けた
ものは何だろう。いったいそれが人の役に(あるいは己の知識研鑽に)立つのだろうか。
あるいは己の口を糊するに足る学問だったのだろうか。西洋の宗教も知りませんでは、東
洋の思想も知りません…ってことなんだろう。この東西宗教を結ぶものとして、その昔、
ある宗教が起こって滅亡したのも知らぬのであろう。
削除(by投稿者)
宗教学を声高に叫びながながら、言っていることは、あまりに幼稚では無いか?
もちろんこれにたいする彼の反論は予想可だ。己は宗教学の徒であり、神学の専門家ではないと。
では宗教学とは何なのか説明して欲しいものだ。
しかし私ははっっきり言っておく。宗教学とは何と胡散臭い学問だろう。
宗教学と似たカテゴリーで Thanatology という学問がある。これは文字通り死という事柄を
研究する学問(哲学)だ。死というのは死に行く人間にとっては、客体化は認めたくない事柄
であろう。そういった点では宗教学とさして変わりないが、死せる人間以外にとっては(ある部
分において)客体化できる。すなわち「生命体(動植物すべて)の代謝活動が停止した様」と
生物学では客体化できよう。それに人間は死に向かう存在であるのだから、これを哲学的に客
体化する作業は(まず不可能だが、不可能と結論づけるに至るプロシージャーは評価できるか
も知れないので)無意味とは言えまい。
しかし宗教学というと - それを哲学とは認めたくないが - は他人の家の食卓を覗くような下衆
っぽさを感じて居心地が悪い事おびただしい。下品に言えば「からすの勝手でしょ」って事だ。
もちろんこれにたいする彼の反論は予想可だ。己は宗教学の徒であり、神学の専門家ではないと。
では宗教学とは何なのか説明して欲しいものだ。
しかし私ははっっきり言っておく。宗教学とは何と胡散臭い学問だろう。
宗教学と似たカテゴリーで Thanatology という学問がある。これは文字通り死という事柄を
研究する学問(哲学)だ。死というのは死に行く人間にとっては、客体化は認めたくない事柄
であろう。そういった点では宗教学とさして変わりないが、死せる人間以外にとっては(ある部
分において)客体化できる。すなわち「生命体(動植物すべて)の代謝活動が停止した様」と
生物学では客体化できよう。それに人間は死に向かう存在であるのだから、これを哲学的に客
体化する作業は(まず不可能だが、不可能と結論づけるに至るプロシージャーは評価できるか
も知れないので)無意味とは言えまい。
しかし宗教学というと - それを哲学とは認めたくないが - は他人の家の食卓を覗くような下衆
っぽさを感じて居心地が悪い事おびただしい。下品に言えば「からすの勝手でしょ」って事だ。
>>62
こんな過疎ったスレをご覧いただいている方がいらっしゃることに感謝します。
宗教は学ぶものでは無く実践すべきものです。平和もまた然りですね。
それは憲法9条反対や原発反対のような教条主義に脱してはいけません。
しかしこの平和ボケ日本で平和を実践しろと言っても白々しい限りですが…。
第二次大戦下、ナチ万歳のドイツで、敢然と反ナチを標榜したのがドイツのカトリック教会です。
ために第二次大戦中、ドイツ国内だけでも二千六百人以上の神父が、逮捕され強制所送りに
なりました。強制所は御存じのように、一日に与えられる食料といえばコッペパン一個。
そして毎日8時間以上の強制労働です。彼らは毎朝、強制労働に赴く前に整列させられ、
ゲシュタポの偉い幹部に点呼を受けるのですが、その時少しでも顔色が悪かったり、疲れた
そぶりを見せると、居残りを命ぜられるのです。強制労働に赴く皆から残されたそれらの者、
それはガス室行きに他なりません。
ところがほとんどのドイツ国民には強制収容所の存在は伏せられていたのです。
ドイツ国民は、いつの間にか、あるいは、ある日突然に、友人や隣人が『消え去る』と
いう事実しかわからなかったというのです。それがドイツ国民を不安に陥れ、反ナチの
言論を封殺するのに役立ちました。日本の隣組制度より陰湿ですね。
こんな過疎ったスレをご覧いただいている方がいらっしゃることに感謝します。
宗教は学ぶものでは無く実践すべきものです。平和もまた然りですね。
それは憲法9条反対や原発反対のような教条主義に脱してはいけません。
しかしこの平和ボケ日本で平和を実践しろと言っても白々しい限りですが…。
第二次大戦下、ナチ万歳のドイツで、敢然と反ナチを標榜したのがドイツのカトリック教会です。
ために第二次大戦中、ドイツ国内だけでも二千六百人以上の神父が、逮捕され強制所送りに
なりました。強制所は御存じのように、一日に与えられる食料といえばコッペパン一個。
そして毎日8時間以上の強制労働です。彼らは毎朝、強制労働に赴く前に整列させられ、
ゲシュタポの偉い幹部に点呼を受けるのですが、その時少しでも顔色が悪かったり、疲れた
そぶりを見せると、居残りを命ぜられるのです。強制労働に赴く皆から残されたそれらの者、
それはガス室行きに他なりません。
ところがほとんどのドイツ国民には強制収容所の存在は伏せられていたのです。
ドイツ国民は、いつの間にか、あるいは、ある日突然に、友人や隣人が『消え去る』と
いう事実しかわからなかったというのです。それがドイツ国民を不安に陥れ、反ナチの
言論を封殺するのに役立ちました。日本の隣組制度より陰湿ですね。
またナチは『安楽死法』というのを可決しました。これにより精神障害者や身体障害者のような
国家の役に立たない者を無制限に殺すことが出来るようにしたのです。これに立ち向かったのも
カトリック教会の司教で、彼は『安楽死法』が可決されたという事を、ある町の公衆の面前で演
説しました。これは即座にナチスに報告されたわけですが、この司教は幸いなことに貴族出身な
ので、貴族階級に支持者の多いナチは手出しができませんでした。
これを受けたのがドイツのカトリック教徒です。彼らはこの演説を筆記し、コピー機など無い時
代でしたから、信者が毎晩遅くまで、一枚一枚タイプライターでタイプし、ロシアで戦争をして
いるドイツ軍の兵士に匿名で郵送したのです。これがドイツ兵に厭戦気分を生じせしめることに
成功し、ロシアのドイツ兵から家族へ知らされ、またあるいはドイツ軍幹部からナチス本部へ報
告されることとなり、この無茶苦茶な安楽死法という法案は間もなく取り消されました。
その頃、日本のカトリック教会は何をしていたか。毎日、戦勝祈願のミサをしており、外人神父
はドイツ人も含め、松本の収容所に幽閉していました。しかしそれらも歴史の一ページですから、
後世の私たちが非難できるものではありません。カトリック教会でさえも、昔はキリストの名の
もとに外国を植民地とし、あるいは十字軍の名の元に異教徒を大量に虐殺したのですから。
国家の役に立たない者を無制限に殺すことが出来るようにしたのです。これに立ち向かったのも
カトリック教会の司教で、彼は『安楽死法』が可決されたという事を、ある町の公衆の面前で演
説しました。これは即座にナチスに報告されたわけですが、この司教は幸いなことに貴族出身な
ので、貴族階級に支持者の多いナチは手出しができませんでした。
これを受けたのがドイツのカトリック教徒です。彼らはこの演説を筆記し、コピー機など無い時
代でしたから、信者が毎晩遅くまで、一枚一枚タイプライターでタイプし、ロシアで戦争をして
いるドイツ軍の兵士に匿名で郵送したのです。これがドイツ兵に厭戦気分を生じせしめることに
成功し、ロシアのドイツ兵から家族へ知らされ、またあるいはドイツ軍幹部からナチス本部へ報
告されることとなり、この無茶苦茶な安楽死法という法案は間もなく取り消されました。
その頃、日本のカトリック教会は何をしていたか。毎日、戦勝祈願のミサをしており、外人神父
はドイツ人も含め、松本の収容所に幽閉していました。しかしそれらも歴史の一ページですから、
後世の私たちが非難できるものではありません。カトリック教会でさえも、昔はキリストの名の
もとに外国を植民地とし、あるいは十字軍の名の元に異教徒を大量に虐殺したのですから。
安楽死法とは・・・ウィキより抜粋
T4作戦(テーフィアさくせん、独: Aktion T4)は、ナチス・ドイツにおいて優生学思想に基づ
き行われた安楽死政策。1939年10月から開始され、1941年8月に中止されたが、安楽死政
策自体は継続された。「T4」は本部の所在地、ベルリンのティーアガルテン通4番地に基づ
き第二次世界大戦後に付けられた組織の名称である。一次資料にはE-Aktion(エー・アクツィ
オーン)(E作戦)、もしくはEu-Aktion(オイ・アクツィオン) の名称が残されている。
この作戦の期間中の犠牲者は、公式な資料に残されているだけでも7万273人に達し、その後
も継続された安楽死政策により、20万人以上が犠牲になったと見積もられている。
これを教えてくれた我が恩師のドイツ人司祭デーケン先生によると、当初一般市民にこのことが
知らされることは無く、デーケン一家や他の反ナチ家族がロシア戦線のドイツ兵に匿名の手紙を
出すことによって、ドイツ国内に逆に知られるようになったのだそうです。なぜドイツ軍が兵士
宛の書簡を検閲しなかったのか、というのも謎ですが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/T4%E4%BD%9C%E6%88%A...
T4作戦(テーフィアさくせん、独: Aktion T4)は、ナチス・ドイツにおいて優生学思想に基づ
き行われた安楽死政策。1939年10月から開始され、1941年8月に中止されたが、安楽死政
策自体は継続された。「T4」は本部の所在地、ベルリンのティーアガルテン通4番地に基づ
き第二次世界大戦後に付けられた組織の名称である。一次資料にはE-Aktion(エー・アクツィ
オーン)(E作戦)、もしくはEu-Aktion(オイ・アクツィオン) の名称が残されている。
この作戦の期間中の犠牲者は、公式な資料に残されているだけでも7万273人に達し、その後
も継続された安楽死政策により、20万人以上が犠牲になったと見積もられている。
これを教えてくれた我が恩師のドイツ人司祭デーケン先生によると、当初一般市民にこのことが
知らされることは無く、デーケン一家や他の反ナチ家族がロシア戦線のドイツ兵に匿名の手紙を
出すことによって、ドイツ国内に逆に知られるようになったのだそうです。なぜドイツ軍が兵士
宛の書簡を検閲しなかったのか、というのも謎ですが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/T4%E4%BD%9C%E6%88%A...
徒然なるままに色々書いてますが、私がカトリック(カソリックでは断じて無い)信者で良かったのは、
カトリックには希望の祈りがあることですね。
いや仏教にも有るかも知れませんが、
神社には無いですよね。あえて言うと願掛けかな。でも何となく違うんだな。
それは、次のような祈りですが、あくまでも願いを実現するのは自分で、
なんでもかでも神頼みではないところに意義があると思うのです。
神よ、私に変えられないことは、そのまま受け入れる平静さと、
変えられることは、それを行う勇気と、
そしてそれらを見分けるための知恵を、
どうぞお与えください。
カトリックには希望の祈りがあることですね。
いや仏教にも有るかも知れませんが、
神社には無いですよね。あえて言うと願掛けかな。でも何となく違うんだな。
それは、次のような祈りですが、あくまでも願いを実現するのは自分で、
なんでもかでも神頼みではないところに意義があると思うのです。
神よ、私に変えられないことは、そのまま受け入れる平静さと、
変えられることは、それを行う勇気と、
そしてそれらを見分けるための知恵を、
どうぞお与えください。
私がカソリックという言い方を断固拒絶するのは、
2千年前にギリシャのあちこちにできはじめたキリスト教会が
エクレシア・カトリケーを名乗ったからです。
それは訳せば普遍会堂という意味でしょうか。
普遍教会でいいかな?
なにが普遍かというと、そこでは貧乏人も金持ちも、
平民も貴族も奴隷も、
男も女も差別することなく受け入れるからです。
これが聖パウロの思想であり、かつ理想としたものです。
もちろんこれは絵に描いた餅ではなく実行されたのです。
そんな昔にですよ、奴隷や被差別者も分け隔てなく受け入れた。
これは21世紀の極東の一カトリック教徒としても誇りに思うわけです。
だからカソリックという呼び方が気に入らないのです。
それに学会の定説がどーとかこーとか言われても、
宗教法人としてカトリックを名乗ってるわけですから、どんないい加減な学会やら。
例えば、土佐藩主山内家はやまのうちと読むわけで、いくら学会がやまうちと読むかも知れないと言っても、
現に山内さんの子孫が高知に住んでいて、やまのうちですと言うんですから、
それと同じで信者がカトリックというんですから、
ゴミみたいな学会に定説がなんたらとか、とやかく言われたく無いもんです。
2千年前にギリシャのあちこちにできはじめたキリスト教会が
エクレシア・カトリケーを名乗ったからです。
それは訳せば普遍会堂という意味でしょうか。
普遍教会でいいかな?
なにが普遍かというと、そこでは貧乏人も金持ちも、
平民も貴族も奴隷も、
男も女も差別することなく受け入れるからです。
これが聖パウロの思想であり、かつ理想としたものです。
もちろんこれは絵に描いた餅ではなく実行されたのです。
そんな昔にですよ、奴隷や被差別者も分け隔てなく受け入れた。
これは21世紀の極東の一カトリック教徒としても誇りに思うわけです。
だからカソリックという呼び方が気に入らないのです。
それに学会の定説がどーとかこーとか言われても、
宗教法人としてカトリックを名乗ってるわけですから、どんないい加減な学会やら。
例えば、土佐藩主山内家はやまのうちと読むわけで、いくら学会がやまうちと読むかも知れないと言っても、
現に山内さんの子孫が高知に住んでいて、やまのうちですと言うんですから、
それと同じで信者がカトリックというんですから、
ゴミみたいな学会に定説がなんたらとか、とやかく言われたく無いもんです。
削除(by投稿者)
Catholic は英語ではキャトリックになるが、断じて「ソ」では無い。
↓の「音声を聞く」をクリックせよ。おまえだ東洋大学のバカ某!!
http://ejje.weblio.jp/content/Catholi...
↓の「音声を聞く」をクリックせよ。おまえだ東洋大学のバカ某!!
http://ejje.weblio.jp/content/Catholi...
聖イグナチオ教会の平日の正午のミサに行ってる人いる?
(たぶん、いないだろうな)。
平日(含む土曜日)の12時からのミサに変なおばさんが来て騒ぐんだ。
夏を迎えた頃、暑さのためか来なくなったけど、涼しくなった今日は来てた。
ミサの間ワーワー騒いで、司祭をキムチ臭いと罵るんだけど、あれはどんな人か知らない?
教会が威力業務妨害罪で訴えればいいと思うんだけど。
昼食時間をつぶしてタクシーでわざわざ行く身にもなって欲しいよ。
(たぶん、いないだろうな)。
平日(含む土曜日)の12時からのミサに変なおばさんが来て騒ぐんだ。
夏を迎えた頃、暑さのためか来なくなったけど、涼しくなった今日は来てた。
ミサの間ワーワー騒いで、司祭をキムチ臭いと罵るんだけど、あれはどんな人か知らない?
教会が威力業務妨害罪で訴えればいいと思うんだけど。
昼食時間をつぶしてタクシーでわざわざ行く身にもなって欲しいよ。
削除
削除(by投稿者)
削除(by投稿者)

私たちが地上の労働の実りを、神の国のために役立て、
与えられた命をさらに豊かなものとしてくださいますように。
神よ、あなたの道を歩ませてください。
物や情報にとらわれがちな現代の人々の心を、み言葉によって解放してください。
神との交わりに根ざす真の自由へと導かれますように。
神よ、あなたの道を歩ませてください。
この板で神のみ言葉を冒涜するスレがあるのをお許しください。
彼が改心して真のみ言葉を理解できる者となりますように。
神よ、あなたの道を歩ませてください。
私に変えられないことはそのまま受け入れる平静さと、
変えられることはすぐにそれを行う勇気と、
そして、それらを見分ける知恵を、どうぞお与えください。
神よ、あなたの道を歩ませてください、アーメン。
削除
福音書の取捨選択一つとっても、数ある福音書の中から
東西南北4つあるから、福音書も4つ!
みたいな滑稽な行為で選ばれたものや
信者にこれが人気だから、これ採用というようなクソみたいな行為で
キリストの崇高な教えを冒涜したのが、弟子どもの世俗的な欲望を表している
宗教なんかこんなもんですよ、呼び名がどうこうとか関係ない
己自身が神と向き合い、神を偽らないこれこそが真実
東西南北4つあるから、福音書も4つ!
みたいな滑稽な行為で選ばれたものや
信者にこれが人気だから、これ採用というようなクソみたいな行為で
キリストの崇高な教えを冒涜したのが、弟子どもの世俗的な欲望を表している
宗教なんかこんなもんですよ、呼び名がどうこうとか関係ない
己自身が神と向き合い、神を偽らないこれこそが真実
>>78
共観福音書3書に意味があることを私たちは知っている。
それはマルコを基本にし、マタイ的拡張とルカ的拡張だ。
これらは互いに補完しあって初期のいくつかあった教会の信仰告白
を教えてくれる。
ヨハネは共観福音書の描く終末論に哲学的解釈をした所に意義がある。
共観福音書の描く終末が来ないことに対する回答としてこの福音書はある。
すなわち共観福音書の描く終末論を非神話化し、イエスの死によって『事は成就した』とイエスに言わせた。
また書簡類の背景を解説するための使徒言行録という、面白くも手に汗握る物語をおまけにつけ、
読み物としても完成度の高いものとなっている。
聖パウロ(彼はイエスの弟子ではない)の書簡および使徒の名を借りた書簡類を読めば、
キリストの直弟子がキリストの教えを冒涜しているとパウロが非難する箇所が多くある。
ケファ(ぺトロ)などこてんぱんに非難されている(が、私には浮気がばれた親戚のオジサン
の話を聞くようで親しみを感じる)。
ここから読み取れることは、少なくともキリスト教を作ったのは直弟子ではないということ。
それはパウロおよびパウロの神学に共感したヘレニズム文明を背景に持つ人々が作った。
それは名もない数多くのローマ帝国の信者であり、聖アウグスティヌスでありアシジの聖フランシスコだ。
>己自身が神と向き合い、神を偽らないこれこそが事実
それは往々にして独善となりがち。先達の教えに従って神のみ旨を行うのが正しい姿勢だと思う。
『神よ、私に変えられないことはそのまま受け入れる平静さと、
変えられることはすぐにそれを行う勇気と、
そして、それらを見分ける知恵をどうぞお与えください』、
とカトリックの祈りにある。
まず神を偽らないという知恵を神に願わなければならない。
偽っていないという心は傲慢かも知れないから。
神の前では徹底的に謙虚にならないといけない。
それに謙虚さは日本人の誇るべき美徳でもあるし。
共観福音書3書に意味があることを私たちは知っている。
それはマルコを基本にし、マタイ的拡張とルカ的拡張だ。
これらは互いに補完しあって初期のいくつかあった教会の信仰告白
を教えてくれる。
ヨハネは共観福音書の描く終末論に哲学的解釈をした所に意義がある。
共観福音書の描く終末が来ないことに対する回答としてこの福音書はある。
すなわち共観福音書の描く終末論を非神話化し、イエスの死によって『事は成就した』とイエスに言わせた。
また書簡類の背景を解説するための使徒言行録という、面白くも手に汗握る物語をおまけにつけ、
読み物としても完成度の高いものとなっている。
聖パウロ(彼はイエスの弟子ではない)の書簡および使徒の名を借りた書簡類を読めば、
キリストの直弟子がキリストの教えを冒涜しているとパウロが非難する箇所が多くある。
ケファ(ぺトロ)などこてんぱんに非難されている(が、私には浮気がばれた親戚のオジサン
の話を聞くようで親しみを感じる)。
ここから読み取れることは、少なくともキリスト教を作ったのは直弟子ではないということ。
それはパウロおよびパウロの神学に共感したヘレニズム文明を背景に持つ人々が作った。
それは名もない数多くのローマ帝国の信者であり、聖アウグスティヌスでありアシジの聖フランシスコだ。
>己自身が神と向き合い、神を偽らないこれこそが事実
それは往々にして独善となりがち。先達の教えに従って神のみ旨を行うのが正しい姿勢だと思う。
『神よ、私に変えられないことはそのまま受け入れる平静さと、
変えられることはすぐにそれを行う勇気と、
そして、それらを見分ける知恵をどうぞお与えください』、
とカトリックの祈りにある。
まず神を偽らないという知恵を神に願わなければならない。
偽っていないという心は傲慢かも知れないから。
神の前では徹底的に謙虚にならないといけない。
それに謙虚さは日本人の誇るべき美徳でもあるし。
それに聖書以外にも多くの文献が外典として認められているので、
聖書、それも特に4福音書にこだわる必要は無いと思う。
昔の文献にその名が見えるのに現在残っていない福音書は、何らかの当時の教会事情で
全て廃却されたのだが、幸いなことに20世紀になって廃墟からパピルスが発見され、
私たちの前に明らかにされた物が多くある(例えばトマス福音書など)。
これらは当時は異端とみなされたのだろうが、現在の私たちから見ると、キリスト教の
ある一派の考えを表明しているわけで、大変に興味深いし、イエスの言葉として語られて
いる物もとても面白い。
トマス福音書の中の次の聖句が好きだ。それは無限のインスピレーションを与えてくれる。
イエスが言った。『過ぎ去る者になりなさい』。
聖書、それも特に4福音書にこだわる必要は無いと思う。
昔の文献にその名が見えるのに現在残っていない福音書は、何らかの当時の教会事情で
全て廃却されたのだが、幸いなことに20世紀になって廃墟からパピルスが発見され、
私たちの前に明らかにされた物が多くある(例えばトマス福音書など)。
これらは当時は異端とみなされたのだろうが、現在の私たちから見ると、キリスト教の
ある一派の考えを表明しているわけで、大変に興味深いし、イエスの言葉として語られて
いる物もとても面白い。
トマス福音書の中の次の聖句が好きだ。それは無限のインスピレーションを与えてくれる。
イエスが言った。『過ぎ去る者になりなさい』。
文章が長い割に主旨がない文章だな
>それは往々にして独善となりがち。先達の教えに従って神のみ旨を行うのが正しい姿勢だ>と思う。
これこそ不可能、宗派間のイザコザが人間のエゴ丸出しの精神性の低い俗物(魂の低い人間)であることの証明である
キリストが晩餐で弟子たちの間違った信仰を笑った、その意味を弟子たちはまるで理解していない
そう、結局誰もキリストの真の思想を理解してなかったのである
神祖がなくなったあとは、お決まりの「俺の解釈が一番正しい」戦争
悲しいかなこれがキリスト教の正体である
>それは往々にして独善となりがち。先達の教えに従って神のみ旨を行うのが正しい姿勢だ>と思う。
これこそ不可能、宗派間のイザコザが人間のエゴ丸出しの精神性の低い俗物(魂の低い人間)であることの証明である
キリストが晩餐で弟子たちの間違った信仰を笑った、その意味を弟子たちはまるで理解していない
そう、結局誰もキリストの真の思想を理解してなかったのである
神祖がなくなったあとは、お決まりの「俺の解釈が一番正しい」戦争
悲しいかなこれがキリスト教の正体である
イエスの宗教をユダヤ教ファリサイ派とするのは、
私の説ではなく、ルドルフ・プルトマン初め、多くの神学者の説です。
プルトマンは最後の晩餐も、初期のキリスト教会の信仰告白から来ているとします。
わたしたちがミサにあずかるのは、イエスキリストが決めたからではなく、
ヘレニズム教会の行事が元だといいます。
この行事をマルコ初め福音書作家が書いたのです。
福音書の逸話のほとんどは初期のキリスト教会の信仰告白が元らしいです。
初期のキリスト教信者はユダヤ人以外が多かったので、
ときどきイスラエルからやってくる権威主義者を揶揄したのが、
イエスを理解しない弟子たちの逸話になったとも考えられます。
プルトマンらの福音書研究によると、
残念ながらイエスはキリスト教の教祖ではありません。
私の説ではなく、ルドルフ・プルトマン初め、多くの神学者の説です。
プルトマンは最後の晩餐も、初期のキリスト教会の信仰告白から来ているとします。
わたしたちがミサにあずかるのは、イエスキリストが決めたからではなく、
ヘレニズム教会の行事が元だといいます。
この行事をマルコ初め福音書作家が書いたのです。
福音書の逸話のほとんどは初期のキリスト教会の信仰告白が元らしいです。
初期のキリスト教信者はユダヤ人以外が多かったので、
ときどきイスラエルからやってくる権威主義者を揶揄したのが、
イエスを理解しない弟子たちの逸話になったとも考えられます。
プルトマンらの福音書研究によると、
残念ながらイエスはキリスト教の教祖ではありません。
削除
神よ、み旨を行うことはわたしの喜び、
あなたの教えは、わたしの心に刻まれている。
シオンよ、喜べ。エルサレムよ、歌え。
見よ、わたしたちの王、主が来られる。
新しい歌を神に歌い、民のつどいで神を賛美しよう。
イスラエルはその造り主を喜び、シオンの子らはその王をよろこべ。
シオンよ、喜べ。エルサレムよ、歌え。
見よ、わたしたちの王、主が来られる。
舞をささげて神の名をほめ、鼓と琴に合わせて神をたたえよ。
神はその民を心に留め、貧しい人を勝利で飾られる。
シオンよ、喜べ。エルサレムよ、歌え。
見よ、わたしたちの王、主が来られる。
アレルヤ、アレルヤ。わたしは道、真理、いのち。
わたしを通らなければ、だれも父のもとに行かれない。アレルヤ、アレルヤ。
「主よ、主よ」という人が皆、天の国に入るのではない。父のみ旨を行う人だけが入る。
信じる者の力である神よ、天の糧に養われて祈ります。
あなたを愛し、人々に仕える熱意を、わたしたちの中に燃え立たせてください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
あなたの教えは、わたしの心に刻まれている。
シオンよ、喜べ。エルサレムよ、歌え。
見よ、わたしたちの王、主が来られる。
新しい歌を神に歌い、民のつどいで神を賛美しよう。
イスラエルはその造り主を喜び、シオンの子らはその王をよろこべ。
シオンよ、喜べ。エルサレムよ、歌え。
見よ、わたしたちの王、主が来られる。
舞をささげて神の名をほめ、鼓と琴に合わせて神をたたえよ。
神はその民を心に留め、貧しい人を勝利で飾られる。
シオンよ、喜べ。エルサレムよ、歌え。
見よ、わたしたちの王、主が来られる。
アレルヤ、アレルヤ。わたしは道、真理、いのち。
わたしを通らなければ、だれも父のもとに行かれない。アレルヤ、アレルヤ。
「主よ、主よ」という人が皆、天の国に入るのではない。父のみ旨を行う人だけが入る。
信じる者の力である神よ、天の糧に養われて祈ります。
あなたを愛し、人々に仕える熱意を、わたしたちの中に燃え立たせてください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
神の霊はわたしの上にある。
貧しい人に福音を告げ、砕かれた心をいやすために神はわたしに油を注がれた。
神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。
神よ、あなたのもとにわたしはのがれる。
とこしえに恥を負わず、正義によって救ってください。
耳を傾け、急いで助け、身を避ける岩、わたしを救うとりでとなってください。
神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。
神よ、あなたはわたしの岩、わたしのとりで、あなたのいつくしみによってわたしを導き出し、
しかけられた網からわたしを助けだしてください。あなたはわたしののがれ場。
神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。
アレルヤ、アレルヤ。人の子が来たのは仕えるため、多くの人のあがないとして
自分の命を与えるため。アレルヤ、アレルヤ。
神のいつくしみと、その不思議なわざに感謝せよ。
神は渇いた心を潤し、飢えた魂をよいもので満たされる。
いつくしみ深い神よ、いのちの糧にあずかったわたしたちが、聖ビンセンチオの模範に励まされて、
おん子イエスにならい、貧しい人に喜びをもたらすことができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
貧しい人に福音を告げ、砕かれた心をいやすために神はわたしに油を注がれた。
神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。
神よ、あなたのもとにわたしはのがれる。
とこしえに恥を負わず、正義によって救ってください。
耳を傾け、急いで助け、身を避ける岩、わたしを救うとりでとなってください。
神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。
神よ、あなたはわたしの岩、わたしのとりで、あなたのいつくしみによってわたしを導き出し、
しかけられた網からわたしを助けだしてください。あなたはわたしののがれ場。
神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。
アレルヤ、アレルヤ。人の子が来たのは仕えるため、多くの人のあがないとして
自分の命を与えるため。アレルヤ、アレルヤ。
神のいつくしみと、その不思議なわざに感謝せよ。
神は渇いた心を潤し、飢えた魂をよいもので満たされる。
いつくしみ深い神よ、いのちの糧にあずかったわたしたちが、聖ビンセンチオの模範に励まされて、
おん子イエスにならい、貧しい人に喜びをもたらすことができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
>>89
イエスの直弟子たちは今日のキリスト教の発生にほとんど関係していない。
キリスト教の発生に寄与した直弟子を挙げると、ケファ(ペトロ)とその弟子のマルコくらい。
今日のキリスト教を作ったのはイエス死後に入門して来たヘレニズム文化圏のユダヤ人。
だから弟子では無い。
特に無理矢理ごり押しで使徒になったパウロのグループの役割は大きい。
パウロだって、イエスの直弟子のうちペトロとヤコブ(イエスの従兄弟)ら少数の承認を得た
だけで使徒になったつもりになり、勝手に暴走した形跡もあるが、今日のキリスト教の基礎を
作り上げたのは事実。ただし西暦3世紀くらいまではキリスト教の神学が固まっていなかった
ので、様々な派閥が発生したとも言える。グノーシス派などはその代表。
イエスの直弟子の直系といえるエルサレム教会は西暦70年頃までに歴史から消え去った。
どこに消えたかは諸説あるが、私はイスラム文化圏に紛れ込んだと(勝手に)予想する。
例えばイスラム教ではキリスト教徒のことを蔑称して『ナザレ人』と言うからだ。
イエスの直弟子たちは今日のキリスト教の発生にほとんど関係していない。
キリスト教の発生に寄与した直弟子を挙げると、ケファ(ペトロ)とその弟子のマルコくらい。
今日のキリスト教を作ったのはイエス死後に入門して来たヘレニズム文化圏のユダヤ人。
だから弟子では無い。
特に無理矢理ごり押しで使徒になったパウロのグループの役割は大きい。
パウロだって、イエスの直弟子のうちペトロとヤコブ(イエスの従兄弟)ら少数の承認を得た
だけで使徒になったつもりになり、勝手に暴走した形跡もあるが、今日のキリスト教の基礎を
作り上げたのは事実。ただし西暦3世紀くらいまではキリスト教の神学が固まっていなかった
ので、様々な派閥が発生したとも言える。グノーシス派などはその代表。
イエスの直弟子の直系といえるエルサレム教会は西暦70年頃までに歴史から消え去った。
どこに消えたかは諸説あるが、私はイスラム文化圏に紛れ込んだと(勝手に)予想する。
例えばイスラム教ではキリスト教徒のことを蔑称して『ナザレ人』と言うからだ。
キリストに従い、キリストの愛のためにいのちをささげた殉教者は、
天の国でキリストとともに終わりなく喜び歌う。
われらはシオンで神をたたえ、豊かな恵みを喜び歌う。
わたしたちの救い、わたしたちのかみよ、あなたは地の果ての望み、遠い島々の希ぼう。
わたしたちにこたえて救いをあらわし、驚くべきしるしを行われる。
われらはシオンで神をたたえ、豊かな恵みを喜び歌う。
荒れ野のまきばも若草にもえ、丘一面に喜びがこだまする。
野山は羊の群れに満ち、谷は小麦におおわれ、人々は喜びにあふれて歌う。
われらはシオンで神をたたえ、豊かな恵みを喜び歌う。
アレルヤ、アレルヤ。わたしたちの救い主イエス・キリストは死を滅ぼし、
福音によって生涯を照らしてください。アレルヤ、アレルヤ。
聖なる父よ、聖トマスと十五人の殉教を記念してこの供えものをささげます。
わたしたちが殉教者の模範に励まされ、この秘跡によって信仰をあかしする力をいただくことができますように。
私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。
注釈:紀元2世紀ごろ、まだローマ帝国から大迫害に逢わなかった頃のキリスト教では、殉教を美徳と考えていました。
イエスの死に習おうとするあらわれであり、イエスを殺害したユダヤ人に対する反ユダヤ主義が、キリスト教に芽生えたのも
この頃です。ユダヤ人はこの時期、ローマ帝国に対し第一次、第二次ユダヤ戦争を起こし、結局、玉砕しました。
この戦争にキリスト教徒はユダヤ側に加担しませんでした。
それは当時、もうキリスト教はユダヤ人のものでは無くなり、ユダヤ人以外の例えばギリシア人などの信者の方が
多くなっていたためです。
ユダヤ人のキリスト教会を受け継いだエルサレム教団は、この戦争と前後して、歴史から消え去りました。
この反ユダヤ主義が聖書の中に(反ユダヤ主義が濃厚な)4福音書の収録を決定したのです。
天の国でキリストとともに終わりなく喜び歌う。
われらはシオンで神をたたえ、豊かな恵みを喜び歌う。
わたしたちの救い、わたしたちのかみよ、あなたは地の果ての望み、遠い島々の希ぼう。
わたしたちにこたえて救いをあらわし、驚くべきしるしを行われる。
われらはシオンで神をたたえ、豊かな恵みを喜び歌う。
荒れ野のまきばも若草にもえ、丘一面に喜びがこだまする。
野山は羊の群れに満ち、谷は小麦におおわれ、人々は喜びにあふれて歌う。
われらはシオンで神をたたえ、豊かな恵みを喜び歌う。
アレルヤ、アレルヤ。わたしたちの救い主イエス・キリストは死を滅ぼし、
福音によって生涯を照らしてください。アレルヤ、アレルヤ。
聖なる父よ、聖トマスと十五人の殉教を記念してこの供えものをささげます。
わたしたちが殉教者の模範に励まされ、この秘跡によって信仰をあかしする力をいただくことができますように。
私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。
注釈:紀元2世紀ごろ、まだローマ帝国から大迫害に逢わなかった頃のキリスト教では、殉教を美徳と考えていました。
イエスの死に習おうとするあらわれであり、イエスを殺害したユダヤ人に対する反ユダヤ主義が、キリスト教に芽生えたのも
この頃です。ユダヤ人はこの時期、ローマ帝国に対し第一次、第二次ユダヤ戦争を起こし、結局、玉砕しました。
この戦争にキリスト教徒はユダヤ側に加担しませんでした。
それは当時、もうキリスト教はユダヤ人のものでは無くなり、ユダヤ人以外の例えばギリシア人などの信者の方が
多くなっていたためです。
ユダヤ人のキリスト教会を受け継いだエルサレム教団は、この戦争と前後して、歴史から消え去りました。
この反ユダヤ主義が聖書の中に(反ユダヤ主義が濃厚な)4福音書の収録を決定したのです。
削除
>>94
カトリックの最も偉いところは、キリストで商売をしないという考え。
初代パウロからして3度に及ぶ大宣教旅行を金持ちの教会からの援助で行い、
貧しい教会から費用は取らなかった。パウロはキリスト教で金を儲けようとは
思わなかったのはもちろん、逆に宣教旅行で投獄されたり、強盗に遭ったり、
船が難破したり、死にかけたり(結局殺されたが)、無償の愛で宣教に生きた。
最も初期の教会(ユダヤ教ファリサイ派イエス会)も私有財産禁止の『共有財産制』だった。
西暦100年代のキリスト教会でも『キリストで商売してはいけない』が声高に叫ばれた。
それは使徒教父文書(新約聖書と同一の聖なる物とカトリックではみなす文書)として残る。
現在、我々が唱えている使徒信条は既に西暦100年代に元が出来た。それは使徒教父文書に
見える。だから信者としての心構えは西暦100年代から作り変えられていない。
商売という視点から見ても、あらゆる時代に存在した修道会も赤貧を標榜する会が多くあった。
現在の修道会でも私有財産はごくわずかに限られている。
一般信者からも教会維持費をごくわずかしか取らない(収入の3%が目安)。
現状の神父様(どこの修道会所属でも)の慎ましい生活ぶりは立派だ。
どこが腐敗しているのか?
それにひきかえ、特に名指しはしないがキリスト教系新興宗教では信者から収入の1割を徴収
するところがある。豪華な神殿を作り、牧師は豪華な邸宅に妻子と住んでいる。
よくよく調べもしないで腐敗しただの、(金儲け目当ての)新興宗教と同じだと言うべきではない。
カトリックの最も偉いところは、キリストで商売をしないという考え。
初代パウロからして3度に及ぶ大宣教旅行を金持ちの教会からの援助で行い、
貧しい教会から費用は取らなかった。パウロはキリスト教で金を儲けようとは
思わなかったのはもちろん、逆に宣教旅行で投獄されたり、強盗に遭ったり、
船が難破したり、死にかけたり(結局殺されたが)、無償の愛で宣教に生きた。
最も初期の教会(ユダヤ教ファリサイ派イエス会)も私有財産禁止の『共有財産制』だった。
西暦100年代のキリスト教会でも『キリストで商売してはいけない』が声高に叫ばれた。
それは使徒教父文書(新約聖書と同一の聖なる物とカトリックではみなす文書)として残る。
現在、我々が唱えている使徒信条は既に西暦100年代に元が出来た。それは使徒教父文書に
見える。だから信者としての心構えは西暦100年代から作り変えられていない。
商売という視点から見ても、あらゆる時代に存在した修道会も赤貧を標榜する会が多くあった。
現在の修道会でも私有財産はごくわずかに限られている。
一般信者からも教会維持費をごくわずかしか取らない(収入の3%が目安)。
現状の神父様(どこの修道会所属でも)の慎ましい生活ぶりは立派だ。
どこが腐敗しているのか?
それにひきかえ、特に名指しはしないがキリスト教系新興宗教では信者から収入の1割を徴収
するところがある。豪華な神殿を作り、牧師は豪華な邸宅に妻子と住んでいる。
よくよく調べもしないで腐敗しただの、(金儲け目当ての)新興宗教と同じだと言うべきではない。
例えば信者の少ない地方の教会では、神父様はそこらの貧乏学生と同じように
四畳半の風呂なしアパートに寝起きし、夕食は街の定食屋で済ます。
これは遠藤周作氏が友人の神父様の生活を語ったものだ。
聖イグナチオ教会でも神父様は殺風景な寄宿舎暮らしで、私物といえば本と少ない
衣料くらいだろう。テレビとかステレオなんかは個室には置いてない。
これは上智大学の教授兼神父様も同様だ。SJハウスという殺風景な建物で、個室といえば
窓一つの狭い部屋に住み、そこらの学生寮の方がよほど立派だ。
教授といえどテレビなどは食堂で観るという。どこが腐敗しているのか?
四畳半の風呂なしアパートに寝起きし、夕食は街の定食屋で済ます。
これは遠藤周作氏が友人の神父様の生活を語ったものだ。
聖イグナチオ教会でも神父様は殺風景な寄宿舎暮らしで、私物といえば本と少ない
衣料くらいだろう。テレビとかステレオなんかは個室には置いてない。
これは上智大学の教授兼神父様も同様だ。SJハウスという殺風景な建物で、個室といえば
窓一つの狭い部屋に住み、そこらの学生寮の方がよほど立派だ。
教授といえどテレビなどは食堂で観るという。どこが腐敗しているのか?
西暦100年代のキリスト教の教えでは、占星術とか怪しい占いを信じたり、してもらおうと思ったり、
占い師自体も偶像崇拝と定義した。
拝金主義とか執着も偶像崇拝だ。
しごく、現代的なまっとうな宗教だと思うが。
占い師自体も偶像崇拝と定義した。
拝金主義とか執着も偶像崇拝だ。
しごく、現代的なまっとうな宗教だと思うが。
削除(by投稿者)
旧約聖書の実行者としてもキリスト教徒はユダヤ教以上だ。
旧約のイザヤ書に次のようにある。
わたし(全能の神)は燔祭(いけにえのささげもの)に満たされており、例えあなたがたが、
私の前に現れて子羊の脂や、牡牛の血をささげようとも、そのようなものを欲しいとは思
わない。いったい誰があなたがたの手からそのようなものを求めたか。あなたがたが極上
の小麦粉を持ってきても無駄である。薫香(お香)はわたしにとっては忌まわしい。あなた
がたの新月の祭りと安息日(ユダヤ教の習慣)とは我慢がならない。
エレミヤ書にも同様な趣旨の言葉がある。
このわたしは、…あなたがたの父祖に対して燔祭と供え物をささげるよう命じただろうか。
詩編にも次のような趣旨がある。
主に対する供え物は、あなたがたの打ち砕かれた心であり、主に対する薫り高い薫香は、
自分を作ってくださった方を賛美する心である。
そこでキリスト教では、物やお金などを神様にささげたりはしない。ユダヤ教のように人間味
のない無意味な律法は行わない。ユダヤ教では、例えば安息日(土曜日)には仕事をしては
いけないので、1日に歩く歩数も制限があり、エレベーターやテレビのリモコン・ボタンを押す
こともできない。
キリスト教ではそのような形式主義はいっさい無しである。それは旧約聖書の実現である。
イエスの教えも旧約の戒律の実行で、その後に人間が勝手に作った律法を(やんわりと)
否定した。
カトリックでは、私たちの信仰心が主への供え物だ。主を賛美し『司祭の手をとおしておささ
げするいけにえをお受けください』と祈る。だから教会への献金(教会維持費という名目だが)
も最小限だ。キリスト教の教会には神社やお寺のような賽銭箱は無い。しごくまっとうな宗教
だと思うが。
旧約のイザヤ書に次のようにある。
わたし(全能の神)は燔祭(いけにえのささげもの)に満たされており、例えあなたがたが、
私の前に現れて子羊の脂や、牡牛の血をささげようとも、そのようなものを欲しいとは思
わない。いったい誰があなたがたの手からそのようなものを求めたか。あなたがたが極上
の小麦粉を持ってきても無駄である。薫香(お香)はわたしにとっては忌まわしい。あなた
がたの新月の祭りと安息日(ユダヤ教の習慣)とは我慢がならない。
エレミヤ書にも同様な趣旨の言葉がある。
このわたしは、…あなたがたの父祖に対して燔祭と供え物をささげるよう命じただろうか。
詩編にも次のような趣旨がある。
主に対する供え物は、あなたがたの打ち砕かれた心であり、主に対する薫り高い薫香は、
自分を作ってくださった方を賛美する心である。
そこでキリスト教では、物やお金などを神様にささげたりはしない。ユダヤ教のように人間味
のない無意味な律法は行わない。ユダヤ教では、例えば安息日(土曜日)には仕事をしては
いけないので、1日に歩く歩数も制限があり、エレベーターやテレビのリモコン・ボタンを押す
こともできない。
キリスト教ではそのような形式主義はいっさい無しである。それは旧約聖書の実現である。
イエスの教えも旧約の戒律の実行で、その後に人間が勝手に作った律法を(やんわりと)
否定した。
カトリックでは、私たちの信仰心が主への供え物だ。主を賛美し『司祭の手をとおしておささ
げするいけにえをお受けください』と祈る。だから教会への献金(教会維持費という名目だが)
も最小限だ。キリスト教の教会には神社やお寺のような賽銭箱は無い。しごくまっとうな宗教
だと思うが。

守護の天使の記念日は、十六世紀にいくつかの教会で祝われ、
ローマ教会暦には1615年に取り入れられた。いつくしみ深い神が
天使を遣わして、わたしたちが神の国に入ることができるよう守っ
てくださるのを思い起こす記念日である。
神の使いよ、神をほめよ、賛美の歌をささげ、世々にほめたたえよ。
摂理によってすべてを治められる神よ、あなたは天使を遣わしてわたしたちを守ってくださいます。
わたしたちがいつも天使に守られ、永遠の喜びに入ることができますように。
聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられるおん子、わたしたちの主
イエス・キリストによって。アーメン。
主を仰ぎ見て、光を受けよう。主が訪れる人の顔は輝く。
「神はわたしたちののがれ場、わたしのとりで、わたしは神により頼む。」
神はその羽であなたをおおい、翼のもとにあなたはのがれる。
主を仰ぎ見て、光を受けよう。主が訪れる人の顔は輝く。
神があなたのために使いにめいじ、あなたの進むすべての道をまもられる。
神の使いは手であなたをささえる。それゆえ不幸はあなたに臨まず、
災いは住まいにちかづかない。
主を仰ぎ見て、光を受けよう。主が訪れる人の顔は輝く。
彼らの天使たちは、天でいつもわたしたちの天の父の御顔を仰いでいる。
天使の助けによって、わたしたちがすべての危険から守られ、永遠のいのちに入ることができま
すように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
教会を建てることにも、偶像を崇拝することも忌んでいたキリストが
使徒共が、己のエゴを満足させるために、珍妙なエセ奇跡を書き足した糞書物をキリストが見たらどう思うかね
使徒共が、己のエゴを満足させるために、珍妙なエセ奇跡を書き足した糞書物をキリストが見たらどう思うかね
信徒なんて・・・ 所詮みんな 勘違いだらけで・・・
昔々、福音書作家やバウロが活躍している頃は、イエスの行動を文書化した資料が無かった。
あったと言われているのは、イエス現行録と奇跡伝承と歴史(行動)伝承。
あと名前を聞いたこともあるかも知れないけど、Q資料という資料(マタイとルカが参照したはずの物)。
バウロはその内、歴史伝承しか重視しなかった。
それもイエスが処刑された歴史だけが重要だ。生きたイエスは彼の眼中に無い
現行録からの引用は最小限だ。
『汝の敵を愛せよ』はユダヤ教の教えでは無いし、バウロも福音書作家も書いているから、
イエスの言葉に間違いない。
『去り行く者になりなさい』は福音書に無い(ただし違い意味に使わるていりる箇所あり)が、
その後に書かれた使徒教父文書に見えるからイエスの言葉に間違いないらしい。
このようにして、地道に真のイエス像を探って行くのが聖書学らしい。
バウロが自分の神学を触れ回ったせいで、
またバウロが自分意外の宣教師を非難した(エルサレムとかアレキサンドリアから来た宣教師の教え等)せいで、
バウロの活躍以降に書かれた3つの共感福音書も彼の神学の影響から逃れられない。
ただし、幸いな事に福音書作家は
バウロの神学にブラスして、
奇跡伝承やイエスが生きている間の歴史伝承も資料に使ってくれた。
そのため、ある程度は生きたイエスの行動が、
共感福音書から探れるらしい。
ヨハネの福音書は成立が西暦100年頃で、
この頃は、あちこちの教会で作られた使徒教父文書(昔の一時期はこれが聖典だった)があったので、
それも参考にした形跡があるから、生きているイエスの記述は参考にならないらしい。
しかし処刑前後の様子は一番確からしい。
らしいらしいばかりで、お恥ずかしい。
あったと言われているのは、イエス現行録と奇跡伝承と歴史(行動)伝承。
あと名前を聞いたこともあるかも知れないけど、Q資料という資料(マタイとルカが参照したはずの物)。
バウロはその内、歴史伝承しか重視しなかった。
それもイエスが処刑された歴史だけが重要だ。生きたイエスは彼の眼中に無い
現行録からの引用は最小限だ。
『汝の敵を愛せよ』はユダヤ教の教えでは無いし、バウロも福音書作家も書いているから、
イエスの言葉に間違いない。
『去り行く者になりなさい』は福音書に無い(ただし違い意味に使わるていりる箇所あり)が、
その後に書かれた使徒教父文書に見えるからイエスの言葉に間違いないらしい。
このようにして、地道に真のイエス像を探って行くのが聖書学らしい。
バウロが自分の神学を触れ回ったせいで、
またバウロが自分意外の宣教師を非難した(エルサレムとかアレキサンドリアから来た宣教師の教え等)せいで、
バウロの活躍以降に書かれた3つの共感福音書も彼の神学の影響から逃れられない。
ただし、幸いな事に福音書作家は
バウロの神学にブラスして、
奇跡伝承やイエスが生きている間の歴史伝承も資料に使ってくれた。
そのため、ある程度は生きたイエスの行動が、
共感福音書から探れるらしい。
ヨハネの福音書は成立が西暦100年頃で、
この頃は、あちこちの教会で作られた使徒教父文書(昔の一時期はこれが聖典だった)があったので、
それも参考にした形跡があるから、生きているイエスの記述は参考にならないらしい。
しかし処刑前後の様子は一番確からしい。
らしいらしいばかりで、お恥ずかしい。
パウロとペテロは仲が悪いし、自分が中心人物になりたくてイエスの教えそっちのけで
改変やりたい放題、そらぶち殺されるわ
改変やりたい放題、そらぶち殺されるわ
>>105
前回誤字頻出謝罪。睡眠導入剤を飲むと意識朦朧となる。
パウロとペトロが仲が悪いという主張をする聖書学者はいないと思う。
パウロがケファ(ペトロ)に言及しているのはコリント1書簡でケファが女房持ちであること、
ガラテヤ書簡でケファに宣教のお墨付きをもらったこと、
ケファがアンティオキアに来た時、異邦人と食事会をしているのを
エルサレムから来た同僚に見られてうろたえたのをみっともないと非難したくらいで、
とくにパウロがケファを嫌っているような点は見られない。
むしろケファと兄弟と呼んでいる。
それに、結局ケファは、その後エルサレム教団を離れて、バウロのあとを追ったのだから
仲が悪いとは思えない。
聖書外典のペトロ行伝にも仲が悪いとは書いてない。
むしろパウロはケファがガラテヤ教会で自分の教えと違うことを言ったらしい事象を指して、
キリストの前では同じ意味なのだというようなことを言っている。
それにパウロの書簡は福音書の前に書かれたもので、
純粋にイエスの死と復活の信仰告白を述べたものだ。
改悪、改変を言うんだっら、最初の福音書を書いたマルコが、
バウロの神学(イエスの死をもってキリスト教が成ったという説)を批判し、
マルコ(と彼の属する教団)の神学(イエスの死で極まる生けるイエスをキリストとする説)を展開した可能性がある。
むしろ、このように考える学者が多い。
さらにマタイやルカになると、マルコを基本に、
更に両者に共通のQ資料で膨らませ、
さらに両者が属していた教団の思想(教義・祭祀)まで盛っているのだから
改変どころではないと思うが。
さらに前世紀の聖書学では、イエスは実は熱心党(ゼロテ)の一味で、
彼を首謀者とする反ローマ活動により処刑されたと見る学者もいたくらいだ。
もちろん今もいる。
ちょっと脱線したが、パウロもペトロも教団の中心人物となって、
一旗挙げようという気が無かったのは確かだ。
当時のイスラエル事情を知ればサドカイ派のように神で金儲けができる。
前回誤字頻出謝罪。睡眠導入剤を飲むと意識朦朧となる。
パウロとペトロが仲が悪いという主張をする聖書学者はいないと思う。
パウロがケファ(ペトロ)に言及しているのはコリント1書簡でケファが女房持ちであること、
ガラテヤ書簡でケファに宣教のお墨付きをもらったこと、
ケファがアンティオキアに来た時、異邦人と食事会をしているのを
エルサレムから来た同僚に見られてうろたえたのをみっともないと非難したくらいで、
とくにパウロがケファを嫌っているような点は見られない。
むしろケファと兄弟と呼んでいる。
それに、結局ケファは、その後エルサレム教団を離れて、バウロのあとを追ったのだから
仲が悪いとは思えない。
聖書外典のペトロ行伝にも仲が悪いとは書いてない。
むしろパウロはケファがガラテヤ教会で自分の教えと違うことを言ったらしい事象を指して、
キリストの前では同じ意味なのだというようなことを言っている。
それにパウロの書簡は福音書の前に書かれたもので、
純粋にイエスの死と復活の信仰告白を述べたものだ。
改悪、改変を言うんだっら、最初の福音書を書いたマルコが、
バウロの神学(イエスの死をもってキリスト教が成ったという説)を批判し、
マルコ(と彼の属する教団)の神学(イエスの死で極まる生けるイエスをキリストとする説)を展開した可能性がある。
むしろ、このように考える学者が多い。
さらにマタイやルカになると、マルコを基本に、
更に両者に共通のQ資料で膨らませ、
さらに両者が属していた教団の思想(教義・祭祀)まで盛っているのだから
改変どころではないと思うが。
さらに前世紀の聖書学では、イエスは実は熱心党(ゼロテ)の一味で、
彼を首謀者とする反ローマ活動により処刑されたと見る学者もいたくらいだ。
もちろん今もいる。
ちょっと脱線したが、パウロもペトロも教団の中心人物となって、
一旗挙げようという気が無かったのは確かだ。
当時のイスラエル事情を知ればサドカイ派のように神で金儲けができる。
ちょっと脱線したが、パウロもペトロも教団の中心人物となって、
一旗挙げようという気が無かったのは確かだ。
当時のイスラエル事情を知ればサドカイ派のように神で金儲けができる。
しかし彼らは命の危険と隣合わせの巡回宣教師として生きた。
中心人物になろうという野心があろうはずがない。
キリストの愛だけを宣教するのんを寄付金だけで行った。
それも命を狙われたり、牢か獄に何年も投獄されたのにも懲りず。
中心人物になりたければ、あちこちにできはじめた裕福なキリスト教会に、
主導者として収まればよいはす。
一旗挙げようという気が無かったのは確かだ。
当時のイスラエル事情を知ればサドカイ派のように神で金儲けができる。
しかし彼らは命の危険と隣合わせの巡回宣教師として生きた。
中心人物になろうという野心があろうはずがない。
キリストの愛だけを宣教するのんを寄付金だけで行った。
それも命を狙われたり、牢か獄に何年も投獄されたのにも懲りず。
中心人物になりたければ、あちこちにできはじめた裕福なキリスト教会に、
主導者として収まればよいはす。
パウロとペトロの対立について以下の文を引用する。
しかし、パウロは頑強な抵抗に出会うことになる。この抵抗の指導者となっていたのが、いつ
しかローマに来ていたペテロだった。二人の使徒のあいだのあまり模範的ではない対立によっ
て、激しい緊張が生じた。これが、95年に執筆したコリント書のなかでローマのクレメンスが示
唆しているものだろう。しかし、全員が調和的な状態にあるというイメージを好む使徒行伝の著
者は、こうしたことに触れたくなかった。このために使徒行伝の末尾が唐突なものになったと考
えられる。放火犯として罰するためにキリスト教徒たちを逮捕するという64年における帝国警察
の任務は、二つのグループのあいだの相互の告発によって容易なものとなった。こうしてそれぞ
れのグループの指導者が、他の多くの信者たちとともに、命を落としたのである。
エティエンヌ・トロクメ(フランスの新約聖書学者)2002著作『聖パウロ』白水社 p.124-125
パウロとペテロは、お互いのグループ抗争がエスカレートした結果、ローマ帝国警察への告発
合戦の挙句に滅んだ、そう書いてある。
最初に読んだとき、私はその意味がよくわからず、何度も読み返した。
そして目を見張った。驚いた。
このトロクメの記述を正確に裏付ける史料が存在することはなかろう。
しかし、原始キリスト教団には「ヘレニスタイ」と「ヘブライオイ」の深刻な政治的対立が存
在していたことは周知の事実であり、その当時、前者の驍将であったパウロが敗北したことにも
疑問の余地はあるまい。
(引用ここまで)
しかし、パウロは頑強な抵抗に出会うことになる。この抵抗の指導者となっていたのが、いつ
しかローマに来ていたペテロだった。二人の使徒のあいだのあまり模範的ではない対立によっ
て、激しい緊張が生じた。これが、95年に執筆したコリント書のなかでローマのクレメンスが示
唆しているものだろう。しかし、全員が調和的な状態にあるというイメージを好む使徒行伝の著
者は、こうしたことに触れたくなかった。このために使徒行伝の末尾が唐突なものになったと考
えられる。放火犯として罰するためにキリスト教徒たちを逮捕するという64年における帝国警察
の任務は、二つのグループのあいだの相互の告発によって容易なものとなった。こうしてそれぞ
れのグループの指導者が、他の多くの信者たちとともに、命を落としたのである。
エティエンヌ・トロクメ(フランスの新約聖書学者)2002著作『聖パウロ』白水社 p.124-125
パウロとペテロは、お互いのグループ抗争がエスカレートした結果、ローマ帝国警察への告発
合戦の挙句に滅んだ、そう書いてある。
最初に読んだとき、私はその意味がよくわからず、何度も読み返した。
そして目を見張った。驚いた。
このトロクメの記述を正確に裏付ける史料が存在することはなかろう。
しかし、原始キリスト教団には「ヘレニスタイ」と「ヘブライオイ」の深刻な政治的対立が存
在していたことは周知の事実であり、その当時、前者の驍将であったパウロが敗北したことにも
疑問の余地はあるまい。
(引用ここまで)
果たしてパウロが敗北したのでペトロを告発したのか。この事件を記したクレメンスのコリント
書(聖書に次ぐ聖典・使徒教父文書)を引用しよう。
ごく最近に戦いをなした者たちに移ることにしよう。私たち世代の、立派な例を取り上げてみよ
う、嫉妬と羨望のために、教会の最も偉大な、最もただしい柱であった人々は、迫害され死に至
るまでよく戦ったのだ。立派な使徒たちを我らの目の前に思い浮かべてみよう。ペテロ、この人
は不正な嫉妬のゆえに、一度二度ならず幾多の苦難を忍び耐え、こうしてあかしを立てた上で、
彼にふさわしい栄光の場所へと赴いた。嫉妬といさかいのため、パウロは忍耐の賞に至る道を示
した。彼が東方においても西方においても、福音の説教者とし登場した時、七度鎖に繋がれ、追
い払われ、石にて打たれたのだったが、そのため彼はその信仰のはえある誉れを得たのであっ
た。彼は全世界に義を示し、西の果てまでに達して為政者の前であかしを立てた。かくしてから
世を去り、聖なる場所へと迎え上げられたのだ。忍耐ということの最大の模範となって。
(引用ここまで)
小川陽訳『クレメンスの手紙 — コリントのキリスト者へ(Ⅰ)』より
ここからはトロクメが言うような二人の激しい対立というものを想定するのは難しい。私の解
釈ではペテロを嫉妬・羨望したのはパウロではない。パウロの忍耐の相手はペテロではない。そ
れはローマ帝国の為政者のことを言っているのだ。そうでなければローマ教会のクレメンス(ヘ
レニスタイ代表のローマ人)が、ペテロ(ヘブライオイの代表 — とトロクメは考える)を、
その死を栄光の座と呼ぶのはおかしいではないか。第一、ペテロはヘブライオイの座を放棄し、
それをヤコブに譲って巡回宣教師になって、結果としてローマまでたどり着いた。そういった意
味ではペトロもヘレニスタイである。
書(聖書に次ぐ聖典・使徒教父文書)を引用しよう。
ごく最近に戦いをなした者たちに移ることにしよう。私たち世代の、立派な例を取り上げてみよ
う、嫉妬と羨望のために、教会の最も偉大な、最もただしい柱であった人々は、迫害され死に至
るまでよく戦ったのだ。立派な使徒たちを我らの目の前に思い浮かべてみよう。ペテロ、この人
は不正な嫉妬のゆえに、一度二度ならず幾多の苦難を忍び耐え、こうしてあかしを立てた上で、
彼にふさわしい栄光の場所へと赴いた。嫉妬といさかいのため、パウロは忍耐の賞に至る道を示
した。彼が東方においても西方においても、福音の説教者とし登場した時、七度鎖に繋がれ、追
い払われ、石にて打たれたのだったが、そのため彼はその信仰のはえある誉れを得たのであっ
た。彼は全世界に義を示し、西の果てまでに達して為政者の前であかしを立てた。かくしてから
世を去り、聖なる場所へと迎え上げられたのだ。忍耐ということの最大の模範となって。
(引用ここまで)
小川陽訳『クレメンスの手紙 — コリントのキリスト者へ(Ⅰ)』より
ここからはトロクメが言うような二人の激しい対立というものを想定するのは難しい。私の解
釈ではペテロを嫉妬・羨望したのはパウロではない。パウロの忍耐の相手はペテロではない。そ
れはローマ帝国の為政者のことを言っているのだ。そうでなければローマ教会のクレメンス(ヘ
レニスタイ代表のローマ人)が、ペテロ(ヘブライオイの代表 — とトロクメは考える)を、
その死を栄光の座と呼ぶのはおかしいではないか。第一、ペテロはヘブライオイの座を放棄し、
それをヤコブに譲って巡回宣教師になって、結果としてローマまでたどり着いた。そういった意
味ではペトロもヘレニスタイである。
聖書の研究はスコラ哲学ばかりでなく、歴史的社会学や歴史的経済学、編集史的手法を使わない
といけないということに、最近気が付いた。これは聖書学者荒井献氏の前世紀の意見だ。今世紀
のトロクメの著作では、編集史的手法(その文章を書いた人がどのような視座に立っていたか、
庶民層か貴族層か、ローマ人かユダヤ人か、パウロ派かペトロ派かなどなど)が影を潜めてしま
っているように思われる。
といけないということに、最近気が付いた。これは聖書学者荒井献氏の前世紀の意見だ。今世紀
のトロクメの著作では、編集史的手法(その文章を書いた人がどのような視座に立っていたか、
庶民層か貴族層か、ローマ人かユダヤ人か、パウロ派かペトロ派かなどなど)が影を潜めてしま
っているように思われる。
ペトロとパウロの同時代に生き、彼らの死を知っているはずのルカが、
彼の著作・使徒言行録でその死を書かず中途半端に唐突に終わらせたのは、
パウロもペトロも彼らの功績に相応しい栄光ある死が彼らに与えられなかったからだ。
ルカの美学というか、ルカの属す教団では、偉人は神の名による栄光ある死が与えられなければならない。
それが、イエスの、ステファノの、ヤコブの殉教として描かれる。
パウロとペトロの場合は、神の名による栄光の死では無かった。
惨めな獄死だったので、ルカはそれをうやむやにして、書かなかったのだ。
その罪状が放火犯である可能性も否定できないが(おそらく冤罪だが)、
少なくともパウロは囚人だったのでそれは考えにくい。
彼の著作・使徒言行録でその死を書かず中途半端に唐突に終わらせたのは、
パウロもペトロも彼らの功績に相応しい栄光ある死が彼らに与えられなかったからだ。
ルカの美学というか、ルカの属す教団では、偉人は神の名による栄光ある死が与えられなければならない。
それが、イエスの、ステファノの、ヤコブの殉教として描かれる。
パウロとペトロの場合は、神の名による栄光の死では無かった。
惨めな獄死だったので、ルカはそれをうやむやにして、書かなかったのだ。
その罪状が放火犯である可能性も否定できないが(おそらく冤罪だが)、
少なくともパウロは囚人だったのでそれは考えにくい。
彼はさげすまれ、人々に避けられ、痛みと病を親しく知ることとに
定められた人であった。そして、わたしたちから顔を覆い隠すことが
なされているかのようであった。彼はさげすまれ、わたしたちは彼を
取るに足りない者とみなした。まことに、わたしたちの病は彼が担い、
わたしたちの痛みは彼が負ったのである。
定められた人であった。そして、わたしたちから顔を覆い隠すことが
なされているかのようであった。彼はさげすまれ、わたしたちは彼を
取るに足りない者とみなした。まことに、わたしたちの病は彼が担い、
わたしたちの痛みは彼が負ったのである。
アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、主はあなたと共におられます。
あなたは女のうちで祝福され、ご胎内のおん子イエスも祝福されています。
神の母、聖マリア、わたしたち罪びとのために、今も死を迎えるときも、
お祈りください。アーメン。
あなたは女のうちで祝福され、ご胎内のおん子イエスも祝福されています。
神の母、聖マリア、わたしたち罪びとのために、今も死を迎えるときも、
お祈りください。アーメン。
わたしは、キリストと共に十字架につけられています。
生きているのは、もはやわたしではありません。
キリストがわたしの内に生きておられるのです。
わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、
わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。
天におられる私たちの父よ。
み名が聖とされますように。み国が来ますように。
み心が天におこなわれるとおり、地にもおこなわれますように。
わたしたちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
わたしたちの罪をお許しください。
わたしたちも人を許します。
わたしたちを誘惑に陥らせず、悪からお救いください。
アーメン。
生きているのは、もはやわたしではありません。
キリストがわたしの内に生きておられるのです。
わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、
わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。
天におられる私たちの父よ。
み名が聖とされますように。み国が来ますように。
み心が天におこなわれるとおり、地にもおこなわれますように。
わたしたちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
わたしたちの罪をお許しください。
わたしたちも人を許します。
わたしたちを誘惑に陥らせず、悪からお救いください。
アーメン。
私は、カトリックの信者です。次のことを人生のと
もし火として大切にしています。
1.神を父と呼び、他の人を兄弟姉妹として迎える。
2.自分の命を、大切な賜物として受けとめ、それが多
くの人の役に立つよう心がける。
3.この人生の旅路を、イエス・キリストのように歩み
全うしていく。
4.イエス・キリストが約束してくださった復活と永遠
の命に与ることができると確信している。
5.神の愛を信じる者にとって、死は終わりではなく、
私たちとの絆を断ち切るものでもない。
アーメン。
もし火として大切にしています。
1.神を父と呼び、他の人を兄弟姉妹として迎える。
2.自分の命を、大切な賜物として受けとめ、それが多
くの人の役に立つよう心がける。
3.この人生の旅路を、イエス・キリストのように歩み
全うしていく。
4.イエス・キリストが約束してくださった復活と永遠
の命に与ることができると確信している。
5.神の愛を信じる者にとって、死は終わりではなく、
私たちとの絆を断ち切るものでもない。
アーメン。
▲ページ最上部
ログサイズ:150 KB 有効レス数:162 削除レス数:0
不適切な書き込みやモラルに反する投稿を見つけた時は、書き込み右の マークをクリックしてサイト運営者までご連絡をお願いします。確認しだい削除いたします。
思想・哲学掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
スレッドタイトル:イエスの顔