「華厳経」世界成就品第四(八十巻中第七巻目)読了。
普賢菩薩が観察した広大な世界海の有り様を流麗な頌歌と共に述べてゆく。
ここでもやはり、即物的な世界の荘厳は極力控えられ、辛うじて「宝樹」とか
「宝冠」とかいったような漠然と物品を表すような言葉が用いられるのみ。
だからこそ、菩薩の境地に至ることで初めて目前に開かれる世界の広大さへの想像力までもが
かき立てられるわけだが、そうして世界観の広大さを間接的にでも思い知らされることが、
思い知らされた人間の脳の記憶情報を最適化する役割までをも果たせるようである。
人間の脳をPCの部位に喩えると、前頭葉が長期記憶を司るハードディスクに当たり、
側頭葉が短期記憶を司るメモリと、情報処理を司るCPUの役割を果たしている。
PCにCPUの性能以上の情報処理を任せると稼働率100%となって、処理が滞るし、
メモリに容量以上の短期記憶を蓄積させようとすると、過剰な記憶情報がハードディスク上の
ページングファイルに回されたりするために、非常に情報の出し入れが遅くなってしまう。
人間の脳でいえば、上記のような状態は「考えが煮詰まる」という状態であり、
煮詰まって悩乱状態となるのを避けるためには、あまりものを考えすぎないようにしたり、
数独のような脳トレを行って、CPUとしての脳の情報処理力や、メモリとしての脳の
短期記憶力を鍛え上げたりすることが、今でも一般的に試みられている。
しかし、仏教は上記のような方法とはまた別の方法によって、人間の脳が考えを煮詰め過ぎないようにする。
華厳経の世界成就品にあるような、広大な世界観を信者なり出家者なりが体得する。
すると、今まで自分の脳内に蓄積されて来た、俗世に関する雑多な知識や考え方がすべて
俯瞰できるようになる。俯瞰することによって、間違った知識や考え方(断片化したファイル)を
整理して、正しい知識や考え方へと再構築する(デフラグする)ことができるようになる。
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