「史記」列伝で司馬遷は、荘子の論考が「広大無辺で取りとめがなく、
かつ自己中心的であったために、その奔放な論激が世の風俗を乱していた」とも記している。
老子と比べれば遥かに口数が多く、本人の真作ではないことが明らかな外編・雑編を含む「荘子」
全文も相当な分量に上っている荘子。「無為自然」という道家の本義に基づけば、「口舌の行為」
たる発言すら少ないことがより模範的であり、その点、荘子が老子には及ばない点だといえるが、
無為自然の道家があえてその口を開ければ、これほどにも奔放で手の施しようがないものと化して
しまうということを、書物としての「荘子」の記録などが、大いに実証してくれているといえる。
道家を含む諸子百家は、中国思想の王道である儒家と比べればあくまで「傍流」と見なされるものであり、
特に法家や墨家、名家や縦横家などの論説には甚だしく低劣なものが多く、聖書信仰や洋学にすら比肩
するほどもの劣悪さを呈している場合がある。その中では道家は「比較的マシ」なもの扱いされるものであり、
儒家と共に道家を兼学することを推奨する儒者すらいた。有益無害なわけではないが、さりとて有害無益でまで
あるわけではない、無益無害の無為自然の大道を説いた道家もまた、中国春秋戦国時代という、現代並みか
それ以上もの乱世に提唱された。これこそは、乱世に有害無益な重罪業が蔓延するのが「常なること」である
証拠ともなっており、何をするよりも何もしないでいたほうがいいぐらいの乱世であればこそ、何もしないことの
マシさを説くだけな道家の言説までもが、世俗を震撼させるほどもの深刻さを以って受け止められもするのである。
いま、初めて通る道ではない。かつて、数多の徒輩が試行錯誤を繰り返しつつ、すでに通り過ぎた道である。
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