オバマもプーチンも、俺よりは遥かに年上だ。
欧米の政界は軒並み五十代前後の人間を主体としていて、
小泉改革などによってある程度若返りをした今の日本の政界よりも、さらに若い。
別に年の功などを無闇に畏れたりする必要もないが、それにしても
俺のほうが、世界の第一線に打って出るには、まだ若すぎる。
年功序列を絶対視するのは、プラトン哲学や春秋諸侯の取り決めであって、儒学道徳ではない。
儒学で重視される人間関係、君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友の「天下の達道」のうちで、年齢の長幼に
必ず連動しているのは父子と兄弟の二つだけであって、ほかは必ずしも年齢の長幼に連動していない。
社会秩序がよく保たれた徳治社会でこそ年齢の長幼が絶対とはされず、若殿に老齢の民が心から平伏したりもする。
必ずしも秩序が安定していない乱世においてこそ、イヤでも残る上下関係としての年功が絶対的な意味を帯びてしまう。
世界中が汚濁に塗れて、日本ですら儒学道徳級の社会秩序が守られてはいないために、年齢の長幼ぐらいしか
普遍的な上下関係として見なされていないところに、俺が欧米の五十前後の政治家などに対して尊大に振舞えば、
日本人ですらもが「やり過ぎではないか」と辟易しかねない。社会秩序を儒学に適うほどもの安定にまで持っていくのにも
それなりの期間を要するものだから、今しばらくは長幼ぐらいしか上下関係の根拠にできない不遇に甘んじていかなければならない。
だからまだ、若造でいて年寄りの上に立つような真似まではしない。凶悪犯罪者でもある年寄りの上でもない限りは。
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