あらゆる意味で物が無かった時代のほうが人の心も


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001 2022/04/07(木) 12:07:02 ID:j0woZAuRW6
荒んでいなかった気がする。

昨今の何から何まで全部揃っていて利便性だけ追求したような商業施設、それはそれでありかもしれない。
でもね~
なんか我々は目に分かるリアルという概念に囚われ過ぎて自らの心を想像力を曇らせしまっただけなんじゃないかと。
結果、想像力の劣化と(隣人)に対する寛容力が薄れていってる気が日々するんだよね~

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139 2022/06/22(水) 19:10:58 ID:x/w0WmjTks
美味しい生活

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140 2022/06/29(水) 11:06:33 ID:PrpQefrogI
(甲) 宝物の価値も分かるが、物欲がない
(乙) 宝物の価値が分かって、物欲がある
(丙) 宝物の価値が分からず、物欲もない
(丁) 宝物の価値が分からず、物欲がある

言葉の上では、かような四つの人種を定義することができるが、
物欲からの解脱が可能なぐらいの達者であれば、当然のこととして
格物致知もまた修め終えているものだから、(丙)のような人種は実在しない。

にもかかわらず、(丁)に該当するような人種が、自らを(丙)だなどと思い込み、
(甲)はおろか(乙)すらをも下に見るといった現象が多々見受けられる。m9(^Д^)

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141 2022/07/01(金) 03:26:55 ID:HkVPx33Iyo
たとえば、テレビのお宝鑑定番組などで、
自信満々に素性不明のお宝らしきものを持ってきた出品者が、
意気揚々と何百万、何千万円などという鑑定予想額を掲げておきながら、
実際の評価額は百円、千円だったなんていう顛末を見せられたりしたら、
「骨董アンティークなんて手を出すもんじゃないな」という気にもさせられる。

しかし、そんな出品者は、>>140でいう所の(丁)なわけで、
それとはまた別に(乙)のような人種もまたいて、そのような人々は、
ばくち打ち的な掘り出し物漁りなどにも頼らずに、基本はまともな鑑定士が
いるような店で、正式な鑑定をすでに受けたお宝を、相応の金額で購入するものだ。

お宝鑑定番組に出てくるような(丁)人種を見て、骨董なんかに手を出すまいと
誓うような連中は、自分たち自身もまた(丁)止まり故の同族嫌悪で、そう思うわけである。

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142 2022/07/01(金) 03:51:45 ID:HkVPx33Iyo
正規の店で、正規に販売されているお宝は当然、正規の値段だから、
買ったところでさしたる儲けなどにはならない。

これから人気が出て評価額がさらに上がる可能性もまた、
すでに評価が定着しているような殿堂入り級のお宝ほど低い。

代わりに、保存が入念であれば、売却時にも同様な値段で売れる。
通貨価値や金価格や株価の変動によっては、金カネやゴールドや株で
貯蓄しておく場合よりも堅実な資産運用の手段足り得る。

宝物の価値が理解できる(乙)人種は、そのような堅実な財政にも取り組める一方
宝物嫌いな(丁)人種こそは、お宝鑑定番組に出ている無謀な出品者などとも
全く同レベルな一攫千金を、骨董以外の方法で試みようとする。

宝物の価値も理解できる程度に格物致知を育むのが、
たとえ金カネがあろうとも金満に溺れないための最低条件となる。
そこから骨董趣味に走るか、宮本武蔵のような清貧に取り組むかは、個々の自由だがな。

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143 2022/07/03(日) 03:03:09 ID:bpvW9r8AqY
●存在しなかった過去

アイザック・アシモフの科学エッセイ集『存在しなかった惑星」(ハヤカワSF文庫)に、
こんな話が出てくる。

ある時、アシモフの講演の後の質問の時間に、1人の青年が、
「科学や技術が人間の幸福を少しでも増大させたと本気で思っているのか」
と訊ねてきた。

---------------------------------------------------------------------------------

「あなたは、古代ギリシアの時代に住んでも、いまと同じように幸福だと思いますか?」

私は訊ねた。

「思いますよ」

彼は、きっぱり答えた。

「アテネの銀鉱の奴隷であることが、どれだけ楽しいかな?」

私が微笑を浮かべて訊ねると、彼は坐って黙りこんでしまった。

----------------------------------------------------------------------------------

どうしてこんな話を思い出したかというと、つい最近、ネット上で面目い意見を読んだからである。
個人の日記なので迷惑がかかるかもしれないからURLの提示は避けるが、要約すると
「我々は武士の子孫ではなく、百姫の子孫だ」というのである。

江戸時代の武士の人口比率は3%とか5%とかいう数字。
人口の大半は百姓だった。
だから「日本はサムライの国」とか「日本人は武士の子孫」などと考えるのはおかしい。
そうしたことを真剣に主張する連中は「現実と空想の区別がついていない」というのだ。

まったくその通りである。

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144 2022/07/03(日) 03:07:50 ID:bpvW9r8AqY
僕たちは、ギリシア時代というとソクラテスのような哲学者を、
中世ヨーロッパというと騎士や国王やお姉様を、
平安時代というと雅な貴族の暮らしをすぐに連想するが、
実際にはどの時代でも、肉体労働省や奴隷や農民の方がはるかに多かったのだ。

仮にあなたがそんな時代に生まれていたとしたら、9割以上の確率で、
抑圧される貧しい被支配階級としてみじめな一生を終えていたはずである。

こう書くと「いや、農民でも幸せな暮らしをした人はいたはずだ」などと反論されるかもしれない。
だが、電気や機械がなかった頃の農業がどれほど大変だったか、想像してみたことがあるだろうか。

江戸時代には飢饉や伝染病で多くの人が死んだのに、近年の日本ではそんな事例はめっきり減り、
平均寿命が大幅に延びた。

なぜか?

言うまでもない。
機械化農業によって大幅に労力が軽減されるとともに、作物の収量が増大したこと。
冷害などに強い品種が開発されたこと。
医学の進歩によって多くの病気が治るようになったこと。
輸送網の整備により、収穫物を遠く離れた土地まで迅速に送れるようになったこと――

どれも科学技術の進歩のおかげである。
科学が人間を多くの苦しみから解放したのだ。

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145 2022/07/03(日) 03:10:23 ID:bpvW9r8AqY
ではなぜ「昔は良かった」とか「科学や技術は人間を幸福にしない」などと思ってしまう人が多いのか。
それはまさに「現実と空想の区別がついていない」からだ。

テレビドラマや映画で描かれる架空の江戸時代――夜でも部屋はライトで明るく照らされ、
既婚女性はお歯黒をつけず、飢饉や伝染病の脅威など存在せず、正義のサムライが悪人を
ばったばったと斬り倒す――を、本物の過去と錯覚しているのだ。

仮面ライダーの実在を信じる特撮マニア、ガンダムの実在を信じるアニメ・マニアはいない。
だが、テレビ時代劇の中の江戸時代を現実の過去と錯覚している人は、確実に存在している。

そんなに遠い時代の話ばかりではない。
たとえば昭和30年代を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の感想をネットで読むと、
あの描写を映画的なウソだと割り切って見ている人も多い反面、本気で信じこんで「古き良き時代」
とか「こんな時代って素晴らしい」とか賞賛している人がいて不安になる。

冗談じゃない。

まだ公害規制法が存在しなくて、工場が煤煙や廃液を垂れ流していた時代だよ?
今より少年犯罪が何倍も多かった時代だよ?
夏にはクーラーなんかなくて、窓を開けておくから家の中でも蚊に刺されまくってたんだよ?
便所はみんな汲み取り式だったんだよ?
全自動洗濯機も電子レンジもコンビニもATMもビデオもインターネットもテレビゲームも無かったんだよ?

あなた、本当にそんな時代に戻りたいと思います?
僕は嫌だぞ。

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146 2022/07/03(日) 03:37:13 ID:bpvW9r8AqY
「貧しい時代だったが、心は今より豊かだった」?
本気でそう思っているなら、今すぐ全財産を慈善団体にでも寄付して、一文無しの暮らしをはじめなさい。

経済的な豊かさと心の豊かさが反比例しているなんて証拠はどこにもない。
犯罪の多くが金目当てであることからすれば、むしろ貧しいほど心がすさむと考えるべきではないのか?

貧しい時代に憧れるというのは、豊かな時代に生きる人間の不遜である。
「古き良き時代」なんて本当は存在しなかった。それは美化されたフィクションの中の話なのだ。

無論、現代にも多くの問題が存在する。それらは解決していかねばならない。
しかし、問題があるからといって、「昔は良かった」とか「今の世の中なんて」と自虐的になることはない。

過去と比べれば、現代こそ「良き時代」なのだ。こんな時代に生まれた幸運を、僕は誇りに思う。

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147 2022/07/03(日) 10:18:31 ID:jSnfbZcxq2
今でも、氷河期世代の日本人や貧困層のアメリカ人には、
江戸時代の水呑百姓よりも報われない人生を送らされている人間が数多いるし、
そもそも今の世界のほうが、天明の大飢饉時の日本よりも慢性的な貧困率や飢餓率が高い。

昔よりも裕福な生活を送れている人類なんてもの自体が、この図の上半分未満の人数に過ぎない。

科学技術の発展なんてものがあろうがなかろうが、
食糧や資源まで投機対象とすることを許容するような
苛政がのさばっているようなら、相当な人数の人々が困窮するし、
それを取り締まる仁政が尽くされているようなら、それなり以上の福利厚生を謳歌する。

昔の底辺民や奴隷に生まれるのも、今のソマリア民や南スーダン民に生まれるのも同じこと。
時代の今昔などに関わらず、人々の禍福は糾える縄の如く遍在しているというのが、より厳粛な現実である。

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