禅や密教のような、学知による求道を重んずる宗派があった上で、
「自分たちはそこまでには及びませんから」という身の程のわきまえに即して
宗教的に信仰されるのが浄土仏教。これが「学の優位を前提とした教」の典型。
キリスト信仰のような、迷妄なドグマへの狂信が「まずありき」とした上で、
その迷妄を超克する名目で作り出されたのが、ルネサンスや啓蒙主義
以降の洋学。これが「教の優位を前提とした学」の典型。
方便を抜きにした「仏辺」の見地から言えば、死後の浄土とか地獄とか
いったものからして、本当はあり得ないものだと分かりきっているが、
それでも方便としての浄土往生などを説く余裕が仏教にあるのは、
「学が先で教が後」という大前提の優先順位のわきまえがあるから。
学知を分かりやすく解き明かすための方便として、死後の世界だって
扱えなくはないのに、ホーキングのような一線の科学者が、大真面目に
「死後の世界も天国もない」とかいうのは、やはり現代の先端科学もまた、
「教が先で学が後」という誤った優先順位を大前提としてしまっているから。
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