イスラーム哲学
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模範的な商業哲学、金銭哲学であり、
金融財務に関する本格的な事業体系を備えながらも、
聖書圏がブラックアフリカを大量餓死に追い込んでいるアフリカ大陸の北部を平穏に保つなど、
貧富の格差を極端に広げすぎない仁政的側面も同時に併せ持つ、稀有な哲学。

金融財務に関する本格的な事業体系を備えながらも、
聖書圏がブラックアフリカを大量餓死に追い込んでいるアフリカ大陸の北部を平穏に保つなど、
貧富の格差を極端に広げすぎない仁政的側面も同時に併せ持つ、稀有な哲学。

商人が作った、世俗的な民衆の側に立ったユダヤ・キリスト教系の砂漠一神教の流派
ってのが本来で、一般の民の日常生活にきちんと適応した、変な選民主義とか過剰な苦行とか
歪な一神教構造を脱しようとしたもののはずなのだが
時を経て逆にイスラムが異常に民衆を縛るような構造になってしまったのは皮肉だな。イスラム原理主義のイスラム解釈は、実際のところ原理でもなんでもないと思うよ。
結局異教徒狩りを信条とした、キリスト教徒の十字軍による度重なる攻撃の結果、対抗としてそうなっていったのだろう
本来そういうキリスト教の歪さを廃した民衆の側の一神教だったはずが、十字軍と対決するうち
ミイラ取りがミイラになってしまった。
もっとゆるく楽しく神を奉じるイスラム教に戻るべきだよ。それが本当の原理主義だと思う。
ってのが本来で、一般の民の日常生活にきちんと適応した、変な選民主義とか過剰な苦行とか
歪な一神教構造を脱しようとしたもののはずなのだが
時を経て逆にイスラムが異常に民衆を縛るような構造になってしまったのは皮肉だな。イスラム原理主義のイスラム解釈は、実際のところ原理でもなんでもないと思うよ。
結局異教徒狩りを信条とした、キリスト教徒の十字軍による度重なる攻撃の結果、対抗としてそうなっていったのだろう
本来そういうキリスト教の歪さを廃した民衆の側の一神教だったはずが、十字軍と対決するうち
ミイラ取りがミイラになってしまった。
もっとゆるく楽しく神を奉じるイスラム教に戻るべきだよ。それが本当の原理主義だと思う。
ゆるく楽しく神を奉じるなんて、今はまだ到底無理だな。
富の平等配分だけでも、十分にゆるく楽しいもの。
極端に苛烈な貧富の格差をもたらす、隣接の聖書信仰への牽制に
アラーへの絶対帰依のみがなっている。
イスラエルなどの度重なるテロ行為にも負けじと抵抗する気概も、
ひとえにアラーへの絶対帰依を拠り所としている。
人類社会にとっての、真の害悪の元凶である欧米聖書圏が崩壊しないことには、
「毒をもって毒を制す」状態と化している感のある今のイスラムもまた、
膠着したままでこれ以上変化のしようがない。
富の平等配分だけでも、十分にゆるく楽しいもの。
極端に苛烈な貧富の格差をもたらす、隣接の聖書信仰への牽制に
アラーへの絶対帰依のみがなっている。
イスラエルなどの度重なるテロ行為にも負けじと抵抗する気概も、
ひとえにアラーへの絶対帰依を拠り所としている。
人類社会にとっての、真の害悪の元凶である欧米聖書圏が崩壊しないことには、
「毒をもって毒を制す」状態と化している感のある今のイスラムもまた、
膠着したままでこれ以上変化のしようがない。
イスラーム自体の成立は、ムハンマドが活動した約1400年前と比較的新しいが、
シルクロード交易という、本当に必要な商業活動の本場である
中東の大多数に支持を受けたあたり、商業貿易を営む上でのより公正な宗教信仰として、
古来から待ち望まれていた特性を取り揃えていたのだといえる。
また、ペルシャを含む現中東社会には、唯一神信仰の源流中の源流である拝火教(ゾロアスター教)がある。
古代ユダヤ人がアヴェスターの内容を剽窃して自分たちに都合のいいように改竄しまくったために
アブラハム教との繋がりを見落とされがちだが、本当は①ユダヤ教→②キリスト教→③イスラム教ではなく
①拝火教→②ユダヤ教→③キリスト教→④イスラム教であり、唯一神信仰の系譜は中東に始まり中東に終わっている。
拝火教だけでは聖書信仰の毒性に対抗しきれなかったため、
より教義面での攻撃性が高いイスラムを新たに擁立したというのが、中東の側から見た事情。
「アブラハム教の異端派」という見方は、欧米やイスラエルの側から見た偏見にすぎない。
シルクロード交易という、本当に必要な商業活動の本場である
中東の大多数に支持を受けたあたり、商業貿易を営む上でのより公正な宗教信仰として、
古来から待ち望まれていた特性を取り揃えていたのだといえる。
また、ペルシャを含む現中東社会には、唯一神信仰の源流中の源流である拝火教(ゾロアスター教)がある。
古代ユダヤ人がアヴェスターの内容を剽窃して自分たちに都合のいいように改竄しまくったために
アブラハム教との繋がりを見落とされがちだが、本当は①ユダヤ教→②キリスト教→③イスラム教ではなく
①拝火教→②ユダヤ教→③キリスト教→④イスラム教であり、唯一神信仰の系譜は中東に始まり中東に終わっている。
拝火教だけでは聖書信仰の毒性に対抗しきれなかったため、
より教義面での攻撃性が高いイスラムを新たに擁立したというのが、中東の側から見た事情。
「アブラハム教の異端派」という見方は、欧米やイスラエルの側から見た偏見にすぎない。
ぶっちゃけ、中東人も本当はイスラムなんか擁立したくなかったと思うんだよ?
信者を唯一神信仰で統率して、一概な善思善言善行に導くだけなら拝火教でも十分だった。
しかし、その拝火教の唯一神信仰を悪用して、信者を脳内超越神への狂信によって悪逆非道へと導く
ユダヤ=キリスト両聖書教がイスラエルで捏造されたために、
中東のほうもそれに対する有効な手だてを考えざるを得なくなった。
イスラームの主要聖典クルアーンは、あくまで新旧約聖書の続きという体裁を取ってはいるものの、
新旧約聖書の主要教義をことごとく打ち消して、信者の悪逆非道への陥りを引き止めるあたり、
やはり古来からの拝火教信仰、さらにはインドの断悪修善宗教である仏教や、
はるか遠く中国の勧善懲悪教学である儒学にも相通じた方向性を備えている。
信者を唯一神信仰で統率して、一概な善思善言善行に導くだけなら拝火教でも十分だった。
しかし、その拝火教の唯一神信仰を悪用して、信者を脳内超越神への狂信によって悪逆非道へと導く
ユダヤ=キリスト両聖書教がイスラエルで捏造されたために、
中東のほうもそれに対する有効な手だてを考えざるを得なくなった。
イスラームの主要聖典クルアーンは、あくまで新旧約聖書の続きという体裁を取ってはいるものの、
新旧約聖書の主要教義をことごとく打ち消して、信者の悪逆非道への陥りを引き止めるあたり、
やはり古来からの拝火教信仰、さらにはインドの断悪修善宗教である仏教や、
はるか遠く中国の勧善懲悪教学である儒学にも相通じた方向性を備えている。
インド手相が入ってるからイスラムの起源はユダヤ、キリスト教ではないというのは無茶苦茶だろw
もちろん仏教思想のようなシルクロード文化も踏まえてるだろうが
それをいったらユダヤ教の悪弊を改善して理性的にしようとしたキリスト教も仏教の影響が見て取れる
>>4がおおまかな説明としてはやはり正しいだろう。
キリスト教もまた、歪な狂信であるユダヤ教を善道倫理へ回帰させようと、
選民主義から万人愛へと新解釈をしようとした宗教だが
その中に流れるユダヤの歪みは消し去れず、結局時を経てキリスト教もまた、歪な狂信を内包することとなった。
イスラムもまた、同じようなことに現代なっている部分があるが、これはでもユダヤ・キリスト教との対抗上ということもあるかもしれない。
もちろん仏教思想のようなシルクロード文化も踏まえてるだろうが
それをいったらユダヤ教の悪弊を改善して理性的にしようとしたキリスト教も仏教の影響が見て取れる
>>4がおおまかな説明としてはやはり正しいだろう。
キリスト教もまた、歪な狂信であるユダヤ教を善道倫理へ回帰させようと、
選民主義から万人愛へと新解釈をしようとした宗教だが
その中に流れるユダヤの歪みは消し去れず、結局時を経てキリスト教もまた、歪な狂信を内包することとなった。
イスラムもまた、同じようなことに現代なっている部分があるが、これはでもユダヤ・キリスト教との対抗上ということもあるかもしれない。
インドの手相学なんて、旧約の剽窃元としては氷山の一角に過ぎない。
創世記冒頭の、神による七日間での世界創造も、古代バビロニア(現イラク)発祥の七曜制のパクリ。
詩篇などにおける、神との対話形式の記述も全て、拝火教聖典のアヴェスターからのパクリ。
信仰者の牧羊などへの喩えも、アラブの遊牧民ベドウィンのマネ(商業民族ユダヤ人は自分で牧畜なんかしない)。
ノアの方舟は、シリアなどの農産地が水害に喘いでいる時に自分たち商人だけが生き残ることの寓意。
多くの記述が、イスラエル以東の中東社会の文化の剽窃によってこそ成り立っていて、
挙句には東の果てのインドの手相学までをもパクっていたということ。旧約の成立の頃からすでに
東→西の文化流入が主であり、西→東の文化流入は遥か後代のことに過ぎない上、ごく部分的に過ぎない。
「シルクロード」が、中国産の絹を西方へと輸出するのが主な用途だったために名づけられたことからも分かる通り。
創世記冒頭の、神による七日間での世界創造も、古代バビロニア(現イラク)発祥の七曜制のパクリ。
詩篇などにおける、神との対話形式の記述も全て、拝火教聖典のアヴェスターからのパクリ。
信仰者の牧羊などへの喩えも、アラブの遊牧民ベドウィンのマネ(商業民族ユダヤ人は自分で牧畜なんかしない)。
ノアの方舟は、シリアなどの農産地が水害に喘いでいる時に自分たち商人だけが生き残ることの寓意。
多くの記述が、イスラエル以東の中東社会の文化の剽窃によってこそ成り立っていて、
挙句には東の果てのインドの手相学までをもパクっていたということ。旧約の成立の頃からすでに
東→西の文化流入が主であり、西→東の文化流入は遥か後代のことに過ぎない上、ごく部分的に過ぎない。
「シルクロード」が、中国産の絹を西方へと輸出するのが主な用途だったために名づけられたことからも分かる通り。
残念ながらか、わざとだか知らないが、
悪徳商業集団の自己正当化教・ユダヤ教という火種にイエスは油を注いだ。
世界中を重大権力犯罪の腐敗へと陥れる助長ばかりをしたが、
ムハンマドのほうはといえば、油の注がれた火と化した
権力犯罪推進教・ユダヤ=キリスト両聖書教に大量の水をぶっかけた。
新旧約聖書の主要教義をことごとく無効化するクルアーンのほうを
聖典に祭り上げさせる、反ユダヤや反キリストに止まらない、
有効な排ユダヤ・排キリスト措置の構築を成し遂げた。
イエスのほうは火に対する油と化し、ムハンマドのほうは火に対する水と化したのは、
イエスがベツレヘム出身のユダヤ人だったのに対し、ムハンマドはメッカ出身の
アラブ人だったことが大きい。所詮はイエスはユダヤの徒の一味に過ぎなかったが、
ムハンマドには部外者としてアブラハム教全体を他人行儀に扱える余裕があった。
今でもイスラム教徒は、ユダヤ教徒やキリスト教徒を「ズィンミー(庇護民)」として、
完全な支配保護下に置く体制を整えている。異教徒に的確に応対する素養が大多数の
イスラームにはある一方、大多数のユダヤやキリシタンにはない。信者たちが総出を挙げて
醜い選民主義を盲信し、十字軍遠征やイスラエル紛争などの問題をもけしかけて来る。
そのクセしてユダヤとキリシタンとは、悪徳金融業者とその利用者という妙な関係性で
もって結託し、アラブの石油やアフリカの希少資源なども強奪して私有財産と化す。
表向きはいがみ合ってるようなフリをしながら、「蛇の道は蛇」で、ヤクザ同士での
ツンデレ馴れ合い関係にある。そういう不健全な馴れ合いは、根っからの非ユダヤである
ムハンマドの興したイスラームこそが拒絶している。日本などでは、ユダヤとイスラームが
同一視されがちだが、ユダヤとキリシタンこそは同じ穴の狢で、イスラームこそは茅の外。
数珠(スブハ)や書道など、イスラエル以西にはない文化もイスラームは多数擁している。
悪徳商業集団の自己正当化教・ユダヤ教という火種にイエスは油を注いだ。
世界中を重大権力犯罪の腐敗へと陥れる助長ばかりをしたが、
ムハンマドのほうはといえば、油の注がれた火と化した
権力犯罪推進教・ユダヤ=キリスト両聖書教に大量の水をぶっかけた。
新旧約聖書の主要教義をことごとく無効化するクルアーンのほうを
聖典に祭り上げさせる、反ユダヤや反キリストに止まらない、
有効な排ユダヤ・排キリスト措置の構築を成し遂げた。
イエスのほうは火に対する油と化し、ムハンマドのほうは火に対する水と化したのは、
イエスがベツレヘム出身のユダヤ人だったのに対し、ムハンマドはメッカ出身の
アラブ人だったことが大きい。所詮はイエスはユダヤの徒の一味に過ぎなかったが、
ムハンマドには部外者としてアブラハム教全体を他人行儀に扱える余裕があった。
今でもイスラム教徒は、ユダヤ教徒やキリスト教徒を「ズィンミー(庇護民)」として、
完全な支配保護下に置く体制を整えている。異教徒に的確に応対する素養が大多数の
イスラームにはある一方、大多数のユダヤやキリシタンにはない。信者たちが総出を挙げて
醜い選民主義を盲信し、十字軍遠征やイスラエル紛争などの問題をもけしかけて来る。
そのクセしてユダヤとキリシタンとは、悪徳金融業者とその利用者という妙な関係性で
もって結託し、アラブの石油やアフリカの希少資源なども強奪して私有財産と化す。
表向きはいがみ合ってるようなフリをしながら、「蛇の道は蛇」で、ヤクザ同士での
ツンデレ馴れ合い関係にある。そういう不健全な馴れ合いは、根っからの非ユダヤである
ムハンマドの興したイスラームこそが拒絶している。日本などでは、ユダヤとイスラームが
同一視されがちだが、ユダヤとキリシタンこそは同じ穴の狢で、イスラームこそは茅の外。
数珠(スブハ)や書道など、イスラエル以西にはない文化もイスラームは多数擁している。
評価しようがするまいが、教義上イエスも神の化身ではなく、
刑死も復活もしてないことになっているからな。
罪を犯しても許される、都合のいい現実逃避の道具としての用いようなどはない。
イエスの刑死も復活もなかった代わりに、アダムとイブの楽園追放も許されている。
「犯罪でもいいから仕事しとけ」という、多動性障害の元凶となっている
労役義務化寓話からして無効化されているために、罪を犯しても許される象徴である
イエスの刑死や復活などに、わざわざ精神的に依存する必要もなくなっている。
アダムとイブの楽園追放を赦免し、イエスの刑死や復活の不実を断定したアラーこそを
絶対唯一神に祭り上げることで、新旧約聖書の主要教義を打ち消してあげたという
「ゆるさ」を相殺している。権力犯罪込みの労役の義務化や、それによって犯される
罪の浄化といった、新旧約聖書において最も酷烈なカルト教義を消し去ってくださった
慈悲あまねきアラーにこそ絶対帰依を誓うという、ゆるい楽しさの引き締めにこそ
イスラーム(神への絶対服従)がなっている。ゆるさの裏返しとしての、信仰の厳粛さ。
刑死も復活もしてないことになっているからな。
罪を犯しても許される、都合のいい現実逃避の道具としての用いようなどはない。
イエスの刑死も復活もなかった代わりに、アダムとイブの楽園追放も許されている。
「犯罪でもいいから仕事しとけ」という、多動性障害の元凶となっている
労役義務化寓話からして無効化されているために、罪を犯しても許される象徴である
イエスの刑死や復活などに、わざわざ精神的に依存する必要もなくなっている。
アダムとイブの楽園追放を赦免し、イエスの刑死や復活の不実を断定したアラーこそを
絶対唯一神に祭り上げることで、新旧約聖書の主要教義を打ち消してあげたという
「ゆるさ」を相殺している。権力犯罪込みの労役の義務化や、それによって犯される
罪の浄化といった、新旧約聖書において最も酷烈なカルト教義を消し去ってくださった
慈悲あまねきアラーにこそ絶対帰依を誓うという、ゆるい楽しさの引き締めにこそ
イスラーム(神への絶対服従)がなっている。ゆるさの裏返しとしての、信仰の厳粛さ。
罪を犯しても許されることを嬉しがるキリスト教徒よりも、
そもそも罪悪の積重の元凶となっている、アダムとイヴの楽園追放から
許されていることをアラーに感謝するムスリムのほうが、確かに賢明だ。
災禍を本から絶っているイスラーム。末を処理しようとして、却って災禍の深刻化を煽ったキリシタン。
火種に水をぶっかけたか、さらに油を注いだかの違い。
そもそも罪悪の積重の元凶となっている、アダムとイヴの楽園追放から
許されていることをアラーに感謝するムスリムのほうが、確かに賢明だ。
災禍を本から絶っているイスラーム。末を処理しようとして、却って災禍の深刻化を煽ったキリシタン。
火種に水をぶっかけたか、さらに油を注いだかの違い。
1980年4月に行なわれたイスラム諸学者による会議において、
個々の派閥に偏らないムスリム全体の主張を大約化した
「普遍的イスラーム宣言」が採択され、これが現代のイスラームの
あらましを理解する上では最良のものとされている。
かなり長文なので全文を引用はしないが、宗教信仰などとは無関係に
公正さを期している部分などを特に閲覧してみたいと思う。
以下、東京堂書店「イスラーム辞典」より。
普遍的イスラーム宣言 〜3 現代文明の危機〜
「現代世界が人間の文明そのものを脅かす深刻な危機にあるという事実は、きわめて重要な問題である。
人間は決して、高度な文化と名誉ある生活を維持するために必要な資源を欠いているわけではない。
文明の危機は、現在人間が自ら獲得した巨大な資源を十分に、また正しく活用しえない点にあるのである。
科学、技術、経済力の助けをかりて、たしかに人間は目をみはるような物質的進歩をかちうることができた。
しかし、残念ながら博愛、公平さ、敬虔さに関してはその限りではないのである。資本主義、共産主義といった
世俗的体制に関する人類の歴史的実験は、ひとびとが心から渇望し、またそのために多大な犠牲が払われた
にもかかわらず、ついに正しく、人間的な社会を実現させることが不可能であった。
資本主義体制は、不可避的に貧者に対する搾取をもたらし、富める特権階級の支配権を確立する。
これこそは、さまざまな形態の帝国主義を生み出す根本的な原因にほかならない。
共産主義体制は、資本主義の対極をなす世俗的体制であるが、これは社会的な諸問題を物質的に解釈し、
その諸政策を実施するにあたってあらゆる自由を犠牲にする。その結果集団化、権威主義があらわれ、
生産手段の国家的独占が思想や独創性の官僚統制をもたらし、結局新たな寡頭政治に道を拓くことになる。
資本主義も共産主義もともに、自由、正義、個人の尊重、社会・経済的効率への要求をもって達成される、
均整のとれた社会を建設することができなかった。資本主義的であると共産主義的であるとを問わずさまざまな帝国主義は、
しばしば魅惑的なスローガンや見せかけの下に非情な経済的、政治的搾取を行い、世界を支配しようと試みている」
個々の派閥に偏らないムスリム全体の主張を大約化した
「普遍的イスラーム宣言」が採択され、これが現代のイスラームの
あらましを理解する上では最良のものとされている。
かなり長文なので全文を引用はしないが、宗教信仰などとは無関係に
公正さを期している部分などを特に閲覧してみたいと思う。
以下、東京堂書店「イスラーム辞典」より。
普遍的イスラーム宣言 〜3 現代文明の危機〜
「現代世界が人間の文明そのものを脅かす深刻な危機にあるという事実は、きわめて重要な問題である。
人間は決して、高度な文化と名誉ある生活を維持するために必要な資源を欠いているわけではない。
文明の危機は、現在人間が自ら獲得した巨大な資源を十分に、また正しく活用しえない点にあるのである。
科学、技術、経済力の助けをかりて、たしかに人間は目をみはるような物質的進歩をかちうることができた。
しかし、残念ながら博愛、公平さ、敬虔さに関してはその限りではないのである。資本主義、共産主義といった
世俗的体制に関する人類の歴史的実験は、ひとびとが心から渇望し、またそのために多大な犠牲が払われた
にもかかわらず、ついに正しく、人間的な社会を実現させることが不可能であった。
資本主義体制は、不可避的に貧者に対する搾取をもたらし、富める特権階級の支配権を確立する。
これこそは、さまざまな形態の帝国主義を生み出す根本的な原因にほかならない。
共産主義体制は、資本主義の対極をなす世俗的体制であるが、これは社会的な諸問題を物質的に解釈し、
その諸政策を実施するにあたってあらゆる自由を犠牲にする。その結果集団化、権威主義があらわれ、
生産手段の国家的独占が思想や独創性の官僚統制をもたらし、結局新たな寡頭政治に道を拓くことになる。
資本主義も共産主義もともに、自由、正義、個人の尊重、社会・経済的効率への要求をもって達成される、
均整のとれた社会を建設することができなかった。資本主義的であると共産主義的であるとを問わずさまざまな帝国主義は、
しばしば魅惑的なスローガンや見せかけの下に非情な経済的、政治的搾取を行い、世界を支配しようと試みている」
1980年の時点ですでに、資本主義と共産主義への両成敗を完遂している。
日本や中国やインドが立ち戻るべき文化も遥か昔にあるが、
アブラハム教もまた帰るべき場所はすでに遠い昔に用意され尽くしている。
以下、括弧内は自分での注釈。飛ばして読んでもらっても結構。
普遍的イスラーム宣言 〜4 イスラーム的秩序の枠組み〜
「国家政策
ムスリムは、アッラーとその預言者(主にムハンマド)によって示された国家政策の指導的諸原理の誠意ある、
効果的な実践について強い関心を寄せている。それは以下にあげるようなものである。
(a、bはイスラーム独自の法源シャリーアの権威を明確化する文言。省略)
(c)あらゆる人間は、政治の過程に参画する義務と権利をもっている。政治的権威は、イスラーム的基準
からして知識、信頼性、能力を十分にもち、このような権威にふさわしい人物に委託される。(政治家には徳性が要求される)
(d)立法、行政、司法等のすべての政治的権力は、イスラームによって示された諸価値の高揚、
教化のためにアッラーとその預言者が定めた範囲の中で行使が可能である。(イスラームの価値を逸脱してはならない)
(e)合法的に誕生した政治的権威に対する服従は、それがシャリーア(イスラームの法源)に
のっとっているかぎり、民衆にとっての義務である。(政治機構に権力だけでなく権威も付与される)
(f)権力の座にある者はすべて、私的、公的行動に関してシャリーアの諸規則に従わなければならない。(公私の分裂を認めない)
(g)法に対して、あらゆる市民は平等である。(罪を同じくして罰を異にしたりすることはない)
(h)人民は、支配者たちの決定について質問を寄せることが可能であり、また後者によってなされた
悪に対する治療策を求め、それを手にする権利がある。(善悪という倫理的判断とそれによる勧善懲悪を認めている)
(i)アッラーとその預言者によって保証されている生命、自由、名誉、財産に対する民衆の権利は、
いかなる状況においても廃棄されたり、中断されることはない。(場合分けによる例外は認めない)
(j)少数民族の市民的、宗教的諸権利は十分に擁護される。(異教徒だからといって即座に弾圧してはいけない)」
日本や中国やインドが立ち戻るべき文化も遥か昔にあるが、
アブラハム教もまた帰るべき場所はすでに遠い昔に用意され尽くしている。
以下、括弧内は自分での注釈。飛ばして読んでもらっても結構。
普遍的イスラーム宣言 〜4 イスラーム的秩序の枠組み〜
「国家政策
ムスリムは、アッラーとその預言者(主にムハンマド)によって示された国家政策の指導的諸原理の誠意ある、
効果的な実践について強い関心を寄せている。それは以下にあげるようなものである。
(a、bはイスラーム独自の法源シャリーアの権威を明確化する文言。省略)
(c)あらゆる人間は、政治の過程に参画する義務と権利をもっている。政治的権威は、イスラーム的基準
からして知識、信頼性、能力を十分にもち、このような権威にふさわしい人物に委託される。(政治家には徳性が要求される)
(d)立法、行政、司法等のすべての政治的権力は、イスラームによって示された諸価値の高揚、
教化のためにアッラーとその預言者が定めた範囲の中で行使が可能である。(イスラームの価値を逸脱してはならない)
(e)合法的に誕生した政治的権威に対する服従は、それがシャリーア(イスラームの法源)に
のっとっているかぎり、民衆にとっての義務である。(政治機構に権力だけでなく権威も付与される)
(f)権力の座にある者はすべて、私的、公的行動に関してシャリーアの諸規則に従わなければならない。(公私の分裂を認めない)
(g)法に対して、あらゆる市民は平等である。(罪を同じくして罰を異にしたりすることはない)
(h)人民は、支配者たちの決定について質問を寄せることが可能であり、また後者によってなされた
悪に対する治療策を求め、それを手にする権利がある。(善悪という倫理的判断とそれによる勧善懲悪を認めている)
(i)アッラーとその預言者によって保証されている生命、自由、名誉、財産に対する民衆の権利は、
いかなる状況においても廃棄されたり、中断されることはない。(場合分けによる例外は認めない)
(j)少数民族の市民的、宗教的諸権利は十分に擁護される。(異教徒だからといって即座に弾圧してはいけない)」
お次は大注目の経済政策。あまり得意な分野でもないので注釈はナシ。
(a)などは「全ての富は借り物に過ぎない」という家康公の言葉をも思い出させるし、
(c)(d)(g)(h)(j)なども、ムスリムでなくとも参考にすべき、
具体的な経済的観念に基づいた仁政統治の説明にもなっている。
誰の頭にもありそうなものなのに、誰もちゃんと把握したことがないものの具現。
長いので二つに分ける。
普遍的イスラーム宣言 〜4 イスラーム的秩序の枠組み〜
「経済政策
イスラームの経済体制は、社会的正義、公平、中庸、均衡のとれた諸関係を基礎にしている。それは普遍的な
体制であり、たえず人間に自分自身や社会に対する義務について想い起こさせる一方では、人間の諸権利を擁護する
永遠の諸価値を体現している。それはあらゆる種類の搾取、庸役を禁止し、人々に正当な手段で生計を立て、
稼いだものを合理的に使うよう奨励している。そのきわ立って特徴的な点は、以下のごとくである。
(a)あらゆる天然資源はアッラーからの委託物(アマーナ)であり、人間は個人的にも、集団的にも、
これらの資源の管理者(ムスタリフ)にすぎない。人間の経済的努力とその報酬は、この委託物という枠内で規定される。
(b)富は、合法的な手段により、努力によって獲得されなければならない、それは、アッラーとその預言者
によって認められたその方法によってのみ貯え、保持し、使用されるべきである。
(c)富は公平に分配されねばならない。個人的な富がその所有者の合法的な必要を満たす場合、
余剰は他人の必要を満たすべきなのである」
(a)などは「全ての富は借り物に過ぎない」という家康公の言葉をも思い出させるし、
(c)(d)(g)(h)(j)なども、ムスリムでなくとも参考にすべき、
具体的な経済的観念に基づいた仁政統治の説明にもなっている。
誰の頭にもありそうなものなのに、誰もちゃんと把握したことがないものの具現。
長いので二つに分ける。
普遍的イスラーム宣言 〜4 イスラーム的秩序の枠組み〜
「経済政策
イスラームの経済体制は、社会的正義、公平、中庸、均衡のとれた諸関係を基礎にしている。それは普遍的な
体制であり、たえず人間に自分自身や社会に対する義務について想い起こさせる一方では、人間の諸権利を擁護する
永遠の諸価値を体現している。それはあらゆる種類の搾取、庸役を禁止し、人々に正当な手段で生計を立て、
稼いだものを合理的に使うよう奨励している。そのきわ立って特徴的な点は、以下のごとくである。
(a)あらゆる天然資源はアッラーからの委託物(アマーナ)であり、人間は個人的にも、集団的にも、
これらの資源の管理者(ムスタリフ)にすぎない。人間の経済的努力とその報酬は、この委託物という枠内で規定される。
(b)富は、合法的な手段により、努力によって獲得されなければならない、それは、アッラーとその預言者
によって認められたその方法によってのみ貯え、保持し、使用されるべきである。
(c)富は公平に分配されねばならない。個人的な富がその所有者の合法的な必要を満たす場合、
余剰は他人の必要を満たすべきなのである」
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