私が出水にいる時、出水のホテルやレストラン、居酒屋はにぎわっていました。タクシ
ーを利用する人も多かったのです。このことを出水の人は不思議がっていました。奇跡
がおきているのを見ても、出水の人は私のところにほとんど来ませんでした。
地元の人は来ないのに、野島医院はつぶれませんでした。聖者や偉人がおしかけていた
のです。
聖者や偉人が私のところに来ているのを、私が気付かないころは、私は出水市立病院や
阿久根にある医師会病院のドクターからは、非難されていました。明日にでも死ぬよう
な患者が私のところに行くのをやめないので、私が何か間違ったことをして、患者を引
き留めようとしていると思っていたようです。呼吸困難になっている人や、出血してい
る人が夜間受診するからです。又入院しても、患者は私のところに行きたがるからです。
私のところに行かないと、幸福になれないのを知って生まれてきているからです。
入院施設があった頃も、医師として私が十分な治療を出来ないから、家族のいるところ
に帰って施設が立派な病院に入院しなさい、と私が勧めても、私のところで良い、ここ
で死んでも良いと訴える人が多かったのです。私が患者を何が何でも引き留めようとし
ていると、患者の家族は怒る人もいました。実際、出水保健所や鹿児島の医務課に投書
されました。無理に引きとめようとしているのか、病気になったのは、自業自得と話し
たのかを調べられました。無理に引きとめようとしたことはない。私も対応できないの
で困っている。出身地の施設のあるところに入院を勧めていることも説明しました。病
気の原因は、本人の生き方、考え方にあると話しました。生き方、考え方を変えないと
病気は治らないと話していることは認めました。
このころから、私は一体何者かを真剣に考え出したのです。講演会では、みなさんが私
を信じているほど、私は自分のことを信じていませんと話していました。素直にならな
いと病気は治らない。素直とは私の方を向くことだということは知っていました
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